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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『嘆きの王』編
52/150

漲る3

──夜の歓楽街、路地裏にて。


冒険者ヒューゴは膝から崩れ落ち、涙を流した。

彼の悲しみに呼応するかのように、眠らない街に冷たい雨が降り注ぐ。

時折、行き交う人々が立ち止まって心配そうに見つめるが、

そんなことはお構いなしに、男は子供のように泣きじゃくった。


「そんな……!

 どうして……っ!

 なんで……こんなことが許されていいのか……!?」


咽び泣くヒューゴ。

目を逸らす衆人たち。

雨は降り続ける。


商人は揉み手しながら事情を説明した。


「いや〜、いつもお買い上げいただいてる旦那には申し訳ないんですがね、

 最近になって大量購入してくれる太客が現れたもんでしてね……

 でもまあ正規の取引ですし、こちらとしても断る理由が無いというか……」


お目当ての精力剤が売り切れていたのだ。


“夜の獣”。

あれが無いと始まらない。

元気を出そうと思っても気持ちだけではどうにもできない。

そういう年齢に、彼は今いるのだ。


「本当はまだ在庫があるんじゃないのか!?

 もし隠し持っていたら承知しないぞ!!」


「いや、勘弁してくださいよ

 本当に売り切れなんですってば……」


執拗に商人へ詰め寄るヒューゴの肩に手が置かれる。


振り向くと、そこには彼と同年代らしき男が立っていた。


いや、彼だけではない。

彼と同じ悲しみを抱えた常連客(おとこ)たちが、そこに立っていた。


「やめとけ、その人を責めたって仕方ねえ……

 本当はアンタもわかってんだろ? ……なあ、兄弟」


ヒューゴは再び泣いた。

泣かずにはいられなかった。


彼も本心ではわかっていた。


ただ、このやりきれない思いをどうすればいいのだろう。

行き場の無い悲しみを、怒りを、虚しさを誰にぶつければいいのだろう。

この苦しみを、雨が洗い流してくれればいいのに。


この商人はただ、正当な商売活動をしただけだ。

悪人ではない。むしろ今まで商品を提供してくれた善人だ。


自分は間違っていた。

真の巨悪が誰かは、少し考えればわかることだった。


「金の力で薬を買い占めやがって……!

 絶対に許せない……許してはならない……!」


ヒューゴの憤り……否、正義の怒りに、男たちの心は共鳴した。

そして路地裏に集まった彼らは決起し、眠らない街を後にした──。



男たちの背中を見送った商人は、ぼそりと呟いた。


「正規の取引ですってば……」




──興奮状態の男たちは王家の屋敷に辿り着いて早々、

玄関を蹴り、窓を割り、石を投げ込み、落書きし、

庭園に放尿し、屋敷内に放尿したりを繰り返した。


だが、ある程度暴れたところで違和感を覚え、

彼らは手を止めて少しずつ冷静さを取り戻していった。


「おかしいな……誰もいないのか……?」


「くそっ!

 俺たちが来ると読んで、逃げやがったな!」


「こうなったら何もかも壊してしまえ!

 燃やせ燃やせ! 全部燃やせ!」


やはり冷静ではなかった。


彼らは陶器や宝石類などの金目の物を持ち出し、

運び出せそうにないベッドや棚などの家具は破壊し、

全員で放尿した後、火を放った。


雨が降っているにも関わらず炎は一気に燃え広がり、

屋敷はバキバキと音を立てながら崩れ去った。


「悪は滅びた……」


男たちは屋敷に背を向け、夜の街へと消えた──。






──所変わりミルデオン城。


正門に架かる大橋には黒騎士の姿が2名見える。

その先からは大勢の人々が楽しく騒ぐ声やアップテンポの音楽、

そして酒や食べ物の匂いがここまで届いてきた。


間違いない。

フィンの情報通り、今ここで晩餐会が行われている。


主催者は国王……ニックとブレイズ、そしてサロメを酷い目に遭わせた暴君。


倒すべき敵がここにいる。


「……おい、止まれ!

 一体この城になんの用だ!」


かつては“大陸最強の黒騎士団”と呼ばれた彼らが今、

門番などという下っ端の兵士がやる仕事をこなしている。

よほど人手不足なのだろう、

去年その場所にいたフィンは複雑な心境だった。


「自分は特別一般兵のフィンと申します

 陛下のご命令により、本日中にこの城内へ

 残りの黒騎士団の石像を運ぶよう仰せつかりました」


彼はキリエと一緒に運んできた荷車を指差した。

すると突然、黒騎士の2人は笑い出したではないか。

それは確かに、誰かを馬鹿にする類の笑い声だった。


フィンは不愉快な感情を抑え、その意図を尋ねた。


「何かおかしなことでも?」


「ククク……いや、お前にもわかるだろう?

 走るだけしか能の無い馬人という種族が、

 人間如きの手を借りなければ

 ロクに荷物も運べないのだと思うとな……

 親衛騎士団とやらも、よほどの人手不足と見える」


やはり彼らはキリエを笑ったのだ。

まるで、それが面白いことであるかのように。


キリエは俯いて黙り込んだが、フィンは違った。


こんな奴らに(かしこ)まる必要は無い。



「あんたらは門を見張るしか能が無いんだろ?

 女性(レディー)には優しくしろと教わらなかったのか?

 そんな連中がよく騎士を名乗っていられるな

 生きていて恥ずかしくないのか?」



「……ぁ?」


人間の兵士如きに口撃され、黒騎士の2人は一瞬耳を疑った。


キリエも、荷車に隠れていたアリサたちも、

想定外の事態に驚きを隠せなかった。


石像を運ぶふりをして穏便に通過する計画だったのが、

よりにもよって発案者の彼が門番を挑発したのだ。


普段の冷静な彼ならば、こんな失態は犯さない。



フィンは今、漲っていた。

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