漲る1
「陛下!
どうかお考え直しください!
資金集めの晩餐会など意味がありません!
開催すればするほど赤字になるだけです!」
「ええい、黙れ!!
それをどうにかするのが貴様の仕事であろう!!
国民の血税をなんだと思っておる!! 財務大臣よ!!」
「仰る意味がわかりません!!」
王家の屋敷に呼び出された大臣たちは困惑した。
現在、財政難に陥っているのは大体この男のせいなのに、
よりにもよってまた赤字必至のパーティーを開こうと言うのだ。
国王が体調不良で執政を放棄していた期間は
フレデリカ王女が臣下を率いていたが、
復帰後は王女の発言権を強制的に剥奪し、
優秀な帳簿係であったコノハも解雇されてしまった。
今や彼は暴君であった。
まあ、昔からだが。
──医者は複雑な心境だった。
“夜の獣”を改造した試薬のおかげで
痛み止めの使用回数を減らせたものの、
ご覧の通り、患者が元気になってしまったのだ。
それは一般的には良いことなのだろうが、
あの傍若無人ぶりにはさすがに思うところがある。
「よう先生、やっぱ毒盛ろうぜ」
「やめろ……聞かれるぞ」
──例の薬に興味を持ったのは医者だけではない。
彼と同じ研究室で治療薬の開発に勤しむ錬金術士もそうだ。
「一応これ、錬金術で生み出されたモンだしなぁ
しかも怪我を治す薬の開発中に偶然出来ちまったらしいし、
俺が作ろうとしてる薬との方向性は同じなんだよなぁ」
その彼が作ろうとしている物も、
あの暴君を元気にしてしまう薬だ。
本当にこのまま開発を進めてもよいのだろうか。
そして関係者たちが複雑な思いを抱える中、その日は来てしまった。
「今夜も盛り上がっていこうぜェーーーい!!!」
「朝まで飲んで、夜まで飲むぞーーー!!!」
最後の晩餐会が。
──同時刻、慰霊の杜にて。
特別一般兵のフィンには、ある任務が与えられていた。
急遽、国王が「黒騎士団を全員復活させたい」と言い出し、
この場にある石像を全てミルデオン城まで運ぶよう命じられたのだ。
この任務は急を要し、明日までに終わらせろと言われている。
さすがに1人では厳しいと感じた彼は応援を呼んだ。
「アリサ、休日だったのに手伝ってもらって悪いな
……親衛騎士団の皆さんも、ありがとうございます」
「おめえの休みはいつなんだよ……
ここんとこずっと働きっぱなしじゃねえか」
心配するアリサをよそに、フィンは懐から薬瓶を取り出した。
「……これのおかげで俺なら大丈夫だ!
王国復興のために、まだまだ頑張れる!」
「なっ……それのせいかよ!?
くそっ、教えるんじゃなかったぜ……!」
“夜の獣”。
獣人向けの滋養強壮剤。他種族にとっては精力剤。
フィンはこの薬の効果に味を占め、
過酷な労働環境を乗り切るための燃料として使用していた。
「あらあら、フィン君ったら
その歳でもうそんなモノに頼っちゃって……
そういうお薬は団長と二人きりの時に使う物よ〜?」
副団長のミモザが囁く。
相変わらずいやらしい女だ。
「団長ですか……いいですね!
きっとあの人もこの薬を気に入ると思います!
疲れが一気に吹き飛ぶので、働ける時間を延ばせるんです!」
ミモザは思わず引いてしまった。
団長との仲をからかい、困る反応を見たかったのに、
今のフィンはなんだか目がヤバい。
「フィン殿、この任務が終わったら
しばらく休暇を取ってみてはどうですか?
休むのも仕事の内だと団長も言ってましたよ」
「コノハも同じようなこと言ってたよ〜!
なんでも、働きすぎると“過労死”しちゃうんだってさ!」
キリエとタチアナがフォローするも、
「心配してくれてありがとうございます!
でも、俺はまだ休むわけにはいきませんよ!
まずは倒れるまで働いて、自分の限界を知ろうと思います!」
彼には効き目が無かった。
「その心意気や良し!
貴様らもこの男を見習え!」
カチュアは発言のヤバさを理解していなかった。
黒騎士を荷台まで運ぶ作業を開始してからしばらくして、
管理施設内を担当していたアリサ・カチュア班は、
鍵の掛かった扉しかないエリアへと辿り着いた。
「うへえ、これ全部に鍵ついてんのかよ……
しゃあねえな、力ずくでぶっ壊すか」
「待て、乱暴者め!
この建物は王家の所有物なのだぞ!
勝手な真似は許さん!」
そう言い、カチュアは針金を取り出して鍵穴に差し込み、
少しカチャカチャと動かすとガチャッと音がした。
「へえ〜、やるじゃねえか
おめえ泥棒に向いてんじゃね?」
「な……!
この無礼者め!
これは犯罪行為ではない!
今は急いでいるから手順を省いただけだ!」
「ははは、悪りい悪りい」
憤慨するカチュアに軽く謝罪をしながら部屋に踏み込むと、
そこには2人の男の石像が置いてあった。
アリサは呆然とした。
オークの足に包帯を巻いているのか、
それとも外しているのか、そのゴブリン。
この2人を見間違えるはずがない。
カチュアは今、思い出した。
この部屋には来たことがある。
そして、アリサが誰かを探していたことを。
ゴブリンのニックと、オークのブレイズ。
昔、アリサとユッカが困っている時に金を貸してくれた冒険者コンビだ。