残されし者2
アリサは食堂に立ち寄り、肉を貪った。
加熱しないと腹を壊すことは経験則で知っているので、
とりあえず鍋に材料をぶち込んで火にかけた。
そしてこれが全然美味くない。
その場にあった香辛料を手当たり次第にぶち込んだせいだろう。
コノハは言っていた。
何事にも適量が存在するのだと。
彼女の出したショーユを一気飲みして死にかけたことがある。
宿に戻り、2人に異変が無いことを確認してからベッドに横たわる。
碌に寝ていない状態で石の雨に打たれ、疲れているのだ。
今は何も考えずに心身を休めよう。
そういう時に限って何かを思いつくこともある。
兵士の装備、ギルドの地図、食堂の肉……
全部無料!
今は大変な状況だと理解してはいるが、
どうしても俗な考えというものは浮かんでしまう。
ユッカやコノハの影響なのか、はたまた元からなのか。
悪事を働いたとして、それを咎める者は誰もいない。
今は自分だけだ。絶好の稼ぎ時なのだ。
もしユッカが石にされていなかったら、もっと早くに気づいただろう。
コノハも同様、不思議なカバンに戦利品を詰め込みまくったはずだ。
2人を元に戻した後に手ぶらの状態ではなんだか申し訳ない。
2人のためにも何か価値のある物を確保しておきたい。
「さ〜て、明日は忙しくなるぞ〜」
アリサは笑顔で眠りに就いた。
翌朝、香辛料控えめの肉で腹ごしらえを終え、
丘の上にそびえ立つ建物を目指して出発した。
ミルドール王国の中央に鎮座するミルデオン城。
堅牢な造りの要塞を王城として改築したもので、
大陸最強と名高い黒騎士団に守護されている。
一般市民がおいそれと立ち入れる場所ではなく、
ましてや異国の冒険者風情が近づける由も無い。
忍び込もうとした賊は例外無く極刑に処される。
通常ならば。
今なら忍び込み放題、盗り放題だ。
恐れるものは何も無い。
「ま、オレにゃ宝石の価値とかわかんねえし、
適当にごっそり持ってきゃいいか」
雑貨屋から持ち出した大きな革袋を背に、彼女の足取りは軽かった。
正門に架かる大橋に差し掛かり、アリサの悪巧みは頓挫した。
「──おい、君!
こっちへ来てくれ!」
安物の鎧に身を包んだ若い兵士、おそらく新米の門番だろう。
今それは重要ではない。彼は石像ではなく、生身の人間であった。
自分以外に無事な者と出会えて嬉しくもあり、憎らしかった。
これでは城に忍び込めない。いっそ襲い掛かってやろうか。
「……結構です!!」
「えっ!? 何がだ!?
意味がわからんぞ!!」
つい口から出た言葉はコノハがよく使っていた断りの文句だ。
盗みに入ろうとしたのがバレれば、きっとただでは済まない。
まだやるべきことがあるのだ。捕まるわけにはいかない。
「……俺たちは外の様子が知りたいんだ!
君の知っていることを教えてくれると助かる!
どうかこっちへ来て話を聞かせてくれないか!?
ここには結界が張ってあるから安心してくれ!」
どうやらバレてはいない。
当然だ。まだ何もしていないのだから。
アリサは成り行きに任せ、門番の案内に従った。
城内では大臣や侍女、庭師などの城勤めの者たちが
そこかしこで慌ただしく走り回っていた。
書庫から持ち出した魔術書や歴史書などを読み漁り、
事態の解決策を導き出そうと尽力しているのだった。
ついさっきまで一人きりだったのに、
今は大勢の人に囲まれてなんだか落ち着かない。
きっとそれだけではない。
城に入ったのはこれが初めてだ。
無意識に尻尾がピンと張ってしまう。
案内された部屋には大量の資料が積み重ねられ、
奥の机ではリザードマンの女性が文献を読み捨てていた。
凛とした佇まいからは彼女がただ高貴な身分というだけでなく、
武人としての心得を持ち合わせる人物であることを窺わせた。
「親衛騎士団団長のパメラ様だ
城主に代わり、皆の指揮を執っておられるお方だ
君の見てきた外の情報を伝えてやってくれ」
門番に促され、アリサは大まかな経緯を彼女へ伝えた。
「冒険者のアリサ……
ふむ、石化解除薬の材料を求めて来たのか……
仲間が石に……迷宮では石の雨が……そうか」
資料に目を通しながらもアリサからの報告を復唱し、
しばらく額に手を当てた後にこちらへ向き直った。
「……よし、概ね把握した 報告に感謝する
そこの兵士、彼女を客間まで案内してやってくれ
それと、戦う意志のある者を集めておいてくれるか?」
「ハッ!
承知いたしました!」
客間には不要と判断された魔術書がいくつも積み重ねられ、
心休まる空間とはとても言えなかった。
アリサはちょうどいい高さの本の山を見つけると、
遠慮無しにそこへと腰掛けた。
門番は注意するでもなく、同じように本の山に座り込んだ。
「しっかし、そこらじゅう本だらけだな
一体何を調べてんだ?」
「“呪い”、“石の魔女”、“どうやって倒したのか”……
たった10年前に起きた出来事なのに、わからないことが多すぎる
当時を知る国王も、黒騎士団の連中もここにはいない
そして、魔法に詳しい者までもが今この場にいないときた
それらしい資料を手当たり次第に探すしかないんだ」
「ほ〜ん、オレも魔法は全然わかんねえや
ああ、言っとくけどオレ字読めねえから手伝えねえぞ」
「構わない、気にせず寛いでくれ
俺はしばらく席を外させてもらう
何か用があれば彼女に言えばいい
それではこれにて失礼する」
紹介された召使いが会釈をし、アリサもなんとなく釣られて頷いた。
彼女に見られている。
アリサは盗みを諦めた。




