薬を求める者たち6
屋敷に戻った私は早速研究室に籠り、
買い占めた滋養強壮剤の成分調査を開始した。
「おいおい先生〜!
全然楽しまずに帰っちゃった理由はこれか〜……
なるほど、元気が無くて楽しめなかったのね」
酒と石鹸の香りがする男は夜の街を楽しんできたようだが、
私にはどうでもいいことだ。
「味は……だいぶ甘いな
これだけ極端な味付けをしないと、
飲めた物ではないということか」
私は遠心分離機に薬液を注ぎ、
調査に邪魔な調味成分を処理した。
良薬は口に苦し。
そんな言葉を誰かが言っていた。
「……刺激臭は無い
それどころか無臭だ
味は……やはり苦いか
まあ、苦ければ必ず良薬というわけでもないが」
この調査で有益な情報が見つかれば、
次回は原液を取り寄せてみよう。
続いていくつかの他の薬液と混ぜ合わせ、
その反応の違いを確かめてみる。
「これは無反応、これもだ……
発泡水との相性は良さそうだな」
商人が気になることを言っていた。
それも確かめてみよう。
『石化から復活した者が飲むと、怪我の治りが早い』というやつだ。
私は親指の皮膚を少し切り裂き、
患部に薬液を塗りつけてみた。
全然痛みを伴わず、それどころか感覚が薄れてゆくようだ。
「まだなんとも言えない……様子を見よう」
そんな検証の数々を、私は一晩中続けた。
──翌日。
「む……?
この薬、泡立っておるぞ?
いつものではないのか?」
“夜の獣”を改造した試薬を早速試してみる。
原液に近い状態ではさすがに苦すぎるので、
蜂蜜や柑橘類のエキスで味付けし、発泡水を加えて飲みやすくしてみた。
「申し訳ございませんが陛下、
従来の痛み止めの在庫が少なくなってきておりますので、
このような代用品をご用意させていただきました
この屋敷内に……というだけでなく、国全体、
更に言えば大陸全体で在庫が不足している状態です」
それを聞いた国王は目を見開き、狼狽えた。
「なっ、なぜそのような事態になっておる……!?
わしが1人で使いすぎたとでも言うのか……!?」
「いえ、そうではありません
……きっかけはやはり石の魔女の再来でしょうね
大陸中で混乱が起き、暴動や略奪を行う者が急増しました
魔女が倒された今でも、それはまだ続いております
……それにアル・ジュカの内戦でも多くの傷病人が発生し、
それだけ多くの人々が薬を求めた結果と言えましょう」
「ぐ、ぐぬぬ……っ!
もし完全に在庫が切れてしまったら、
わしは一体どうなってしまうんじゃ……!」
国王は頭を抱えた。
私はフォローせず、説明を続けた。
「……そのような事情があるゆえ、
市販の薬に手を加えた代用品を試作したのです
試薬なので効果を保証できるわけではございませんが、
少なくとも昨晩、私自身に付けた傷はもう塞がっております
痛みを鎮める効果があるかはわかりかねますが、
高い回復力を兼ね備えた薬であることは断言できます」
その修復速度は尋常ではなかった。
たった一晩で、かさぶたも傷痕も残さずに完治したのだ。
まあ、小さな傷だったので本格的な怪我に効くのかはまだ不明だが。
「むぅ、やむを得んな……
とりあえずその試薬とやらを飲むことにしよう
効かなかった場合は頼むぞ……いつものやつを……」
「ええ、承知しております」
国王は覚悟を決め、試薬を一息に飲み干した。
「……なんじゃコレぇ!? まっずいぞぉ!?
本当に飲んでいい物じゃったのか!?
おい、誰か水を持ってきてくれ!!
口の中が酷いことになっとる!!」
味の保証もできないことを先に伝えておくべきだった。
私は庭師だ。
料理人ではない。
それからしばらく様子を見ていると、
国王は自分の体の変化を訴えてきた。
「おお、これは……
なかなか良いかもしれんぞ……
酒とは違うが、頭に心地良い痺れを感じおる
体も温まり、腰の痛みも和らいでいるようじゃ……」
よし、いい感じだ。
国王の種族も獣人のカテゴリー内なので不安だったが、
アル・ジュカ共和国の国民に多い哺乳類系ではなく、
爬虫類系の種族だから効果が出ているのかもしれない。
この件に関しても、後で検証する必要がある。
「むっ……!」
「いかがいたしましたか、陛下?」
国王はまた自分の体に異変を感じたようだ。
こういう、ちょっとした変化も見逃してはならない。
「あぁ、いや……
なんだか下半身がムズムズしてきてな……
その、どうやら漲っているようなんじゃが、
これはいわゆる精力剤を改造した物なのか?」
やはり気づくか……。
“夜の獣”は表向きには滋養強壮剤として売り出されてはいるが、
その実、精力剤としての効果を期待して購入する者が跡を絶たない。
中高年特有の悩みを抱えている男性には刺さる商品なのだ。
国王もそのターゲットの年齢層にいる。反応が出るのも仕方ない。
「ええ、仰る通りでございます
なにぶん急ぎの調整ゆえ、誠に不本意ながら
その副作用を誘発する成分を取り除くことができませんでした
……もしこの試薬をまた使おうとお考えなら、
次回までには必ず、邪魔な成分を排除した物をご用意いたします」
こればかりは私のミスだ。言い逃れはできない。
早く効果の程を知りたいがゆえに、調整不足のまま提供してしまった。
国王は恥ずかしい思いをし、大層怒っていることだろう。
「ふむ……
べつに、その成分とやらを取り除く必要は無いぞ
わしは医学の素人じゃが、これが有害な物とは思えぬ
……わしはこの試薬が気に入った しばらく使い続けてみようと思う」
国王の意外な反応に、私は胸を撫で下ろした。