薬を求める者たち1
「さあ、わたくしたちのパーティーを始めましょう!!」
医者は冷ややかな視線を送った。
昨晩しこたま酒を飲んだろうに、まだ飲み足りないらしい。
痛み止めだけでなく、酒の依存性だって危ない。
長期間に亘って飲めば飲むほど自制が難しくなってくるのだ。
医者だからわかる、酒の適量。
一滴も飲まないのが正解だ。
酒は百薬の長だと?あれは毒だ。自ら毒を飲んでいるようなものだ。
飲めば飲むほど強くなる、なんてことはない。
逆に、弱くなっていることに気づかないだけだ。
……なんて学会で発表したら、干された経験がある。
今では国王の専属医のようなことをしているが、
私は名医というわけではない。
たまたま薬の知識を持つ庭師が私だったというだけだ。
ちゃんとした医者をもっと復活させるべきだと進言したが
国王は、なんの役にも立たない貴族を優先させたいらしい。
正直、国王のことは好きではない。
それが私の仕事だから助けているだけだ。
いや、助けられていない。
嫌いな男だが、目の前で苦しんでいる姿を見てしまうと
自分の無力さが嫌になってくる。
私に彼を助けることはできない。
できるのは時間稼ぎだけだ。
後遺症の治療薬が完成する、その時まで。
「今、よろしいですか?」
医者が待機している部屋に、王妃が訪れた。
机には大量の医学書が積み重ねられ、
その種類は薬草学、解剖学、運動生理学など様々で、
果ては数学書や天文書など無関係な物まであり、
彼はまだ錬金術以外の方法を諦めていないようだ。
「王妃殿下、いかがいたしましたか?
まさか陛下の容態に何か……?」
王妃に慌てた様子は無い。
国王は無事だろうが、一応は確認しておかねばならない。
「いえ、何かあったというわけではありませんが、
まだ少しだけ痛むので、もう少しだけ薬を増やしてほしいと……」
その頼みに医者は内心ため息を吐き、
経験に基づく見解を淡々と語った。
「それは、痛み止めに含まれる快楽成分を欲しがっているだけです
最近は我慢できていらしたんですがね……
昨晩の乱痴気騒ぎの後なので、気が緩んでしまわれたのでしょう」
それに加え、安心できる身内がそばにいて甘えたくなったのだろう。
だが、それを指摘すると「王妃のせい」とも捉えられかねない。
口は災いの元だ。言葉は選んだ方がいい。捨てる言葉を。
「そうですか……
……ところでこちらのご本、持っていってもよろしいかしら?」
「ん……?
ええ、はい、どうぞご自由に」
王妃が手にした本は初心者向けの医学書だった。
ちょっとした切り傷や擦り傷、風邪を早く治す方法、
それから緊急時の応急手当などが記載されている代物だ。
そろそろ看病も退屈になってきたのだろう。
何か読みつつも、それが医療に関するものであれば国王の機嫌を損ねない。
そんな狙いがあったのか、純粋に興味があったのか、判断はつかない。
どうせ、それは元々この屋敷にあった書物だ。
王妃が遠慮する必要なんてどこにも無い。
私の持ち物ではないし、本棚にある物には手をつけていない。
古代エルフ語で綴られたタイトルには興味を惹かれたが、
今はそれどころではない。
「──そうか、薬は増やしてもらえなんだか……
この方法はもう通用せぬと、すっかり忘れておったわい
お前という安心できる伴侶がそばにいて、
つい気が緩んでしまったのやもしれぬな……」
「まあ、あなたったら!
それではまるで、わたくしのせいだと仰っているように聞こえますわ!」
「ははは、すまぬすまぬ
……しかしあやつ、ああ見えてなかなか強情な男じゃて
他の医者ならば軽く脅せば屈服し、すぐに処方してくれるのじゃろうな」
「それなら他の医者に変えてしまえばよろしいのでは?
もしくは黒騎士団を使い、力ずくで奪ってしまえばいいでしょう」
「いや、その必要は無い
今はまだ、な……」
国王は窓の外を眺めた。
庭園の生垣は不揃いな成長を遂げ、芝生には雑草が生い茂り、
落ち葉も枯れ草もそのままで、たったの1年で随分と荒れ果てたものだ。
それは王家の屋敷にはとても相応しくない景観だった。
突如、はらりと空から白い物が落ちてくる。
「ほら、あなた……雪ですよ」
「うむ……
また来たか……この季節が…………」
──石の迷宮第2キャンプにて、
アリサは素材回収部隊のメンバーらと共に昼食を取っていた。
「はあ、ユッカちゃん……」
補給班の料理担当が嘆いた。
朝からずっとこんな感じだ。
彼だけでなく他の獣人たちもこの場にユッカがいないことに落胆し、
現場の士気は駄々下がりだった。
「おいおい、おめえら露骨すぎんだろうが!
ここに何しに来てんだよ!? 仕事だろお!?」
この空気を変えようと……いや、単純にムカついただけかもしれない。
アリサは項垂れる男どもに対して活を入れようと試みた。
「そりゃそうっスけど、オイラたちには癒やしが必要なんスよ〜!
アリサさんには楽勝かもしんないっスけど、
ここでの作業ってかなりキツいじゃないっスかあ〜!
ユッカちゃんと会えることだけが唯一の楽しみなんスよ〜!」
いい歳した大人がしょうもない理由で泣き喚く姿を見て、
アリサは呆れるしかなかった。
「まあ、おめえらのそういう正直なとこは好きだぜ
だが、それで作業に支障が出んのは困るんだよなあ
ただでさえビーストの数が減って収穫量も落ち込んでんだ
さっさと仕事終わらせて、頭の良い連中に相談しねえとな
……それにニックとブレイズがまだ見つかってねえし、
いつになったら思い残すことなく旅立てるやら……」
男どもの空気に呑まれたのか、アリサもつい項垂れてしまった。
だが、1人の獣人はそれを朗報と言わんばかりに目を輝かせた。
「その2人が見つからなければ、
ユッカちゃんはここに残れるんですね!?」
「……このアホがっ!!」
彼はぶっ飛ばされた。