選んだ道3
男の名はレオンハルト。
ミルドール王国を治める君主であり、
国民から愛される賢王としてその名を轟かせている。
又の名を“夜の王”。
国王に即位する以前から無類のパーティー好きとして知られ、
数え切れないほどの舞踏会や晩餐会などを開催してきた。
特に王妃が石になっていた10年間は採算度外視で毎晩のように夜会を開き、
浴びるように酒を飲み、肉を食らい、内なる欲望を解放していた。
その頃のツケが回ってきて国家の危機だというのに、
この愚王は懲りずに晩餐会を開催しようとしていた。
そんなことをしている場合ではないというのに。
だが、彼は国民から愛されていた。一部の国民から。
「ほう、晩餐会ですか
実に懐かしい響きですな
この1年は復興に忙しく、機会がありませんでしたからね」
「ええ、今から楽しみでなりませんねぇ
陛下は魔女に負わされた傷に苦しんでおられたそうですが、
元気なお姿を我々の前にご披露してくだされば、
名実共に夜の王復活となりましょう」
「その夜こそが本当の復活祭というわけですか
いやまったく、待ち切れないですなあ! わっはっはっ」
本来、上流貴族はまだ石像のままだった。
順当に考えて、復活は後回しにしてもいい存在だった。
能力も実績も無い、ただ金持ちの家に生まれた者たちだ。
しかし王女や家臣、そしてコノハの反対を押し切り、
国王は強権を振るい、この無能たちを復活させたのだ。
ちなみに復活者の2割は彼ら貴族で、6割はその生活を支える従者たちだ。
「おめえの親父、馬鹿じゃねえの?
自分の国が大変だって時に遊んでる場合じゃねえだろうが
しかも、残り少ねえ国の金をジャブジャブ使おうってんだろ?
夫婦揃ってこの国を滅ぼそうとしてるとしか思えねえよ」
「返す言葉もございません……」
鋭い指摘に耳が痛い。
フレデリカに責任は無いが、父の愚行を止められない自分に腹が立つ。
王家の一員ではあるが、やはり最高権力者には敵わないのだ。
「気は進みませんが、わたくしは王女として出席しなければなりません
せっかくの機会ですし、アリサ様たちもご一緒にどうですか?
ドレスならこちらでご用意いたしますよ」
「だあ〜〜!!
いらねえって!!
ドレスは嫌いなんだよ!!」
「そうですか、残念です
よくお似合いでしたのに……」
アリサにも金持ちになって優雅な暮らしをしたいと思っていた時期はあるが、
貴族社会の礼儀や作法、しがらみなどの存在を知り、その願望は捨て去った。
そして実際にドレスを着させられた際、やはり性に合わないと確信したのだ。
──そして、その日はやってきた。
「結局、中止に追い込むことはできなかったか……
ま、しゃーない こうなったら私たちも楽しませてもらいましょう
国のお金……国民の税金でたっぷりとおいしい物食べて憂さ晴らしよ!」
「食べ放題だー!
アリサにも持って帰ってあげようね!」
会場のミルデオン城には800人ほどの王国民が集まり、
実に1年ぶりとなるこの明るい催しに皆、気分が高揚していた。
人口が少ないので、かつての盛況さには遠く及ばないが、
それでも貴族たちは不満を口にはせず、期待に胸を膨らませた。
連れてこられた従者たちは次々と食事やワインを運び、
彼らが休める時間はあるのだろうかと気にかかる。
おそらく無いだろう。
席は300しか用意しておらず、貴族は200席、
残りは国王や王女、家臣などのものであり、
従者たちは最初から客として数えられていないのだ。
それでも彼らは働く喜びを感じているような、
時折、別の家の従者同士で清々しい笑みを交わし合い、
現場には心地良い活気が満ちていた。
グラスを鳴らす音が聞こえ、
会場の皆がそちらに注目する。
とうとう始まるのだ。
晩餐会が。
──と、その瞬間。
辺りが急に真っ暗になり、ユッカとコノハは何事かと慌て、
しかし、そこかしこで貴族たちの歓声が上がり、
拍手の雨や指笛などで会場は沸いているようだった。
「ご安心ください
これはお父様の用意した演出ですから」
隣からフレデリカの声がする。
どうやら暗闇を生み出す魔法を使ったらしく、
視界が暗くなるだけなので害は無いとのことだ。
続いて光の魔法が天から降り注ぎ、白髪の男を照らし出した。
先程グラスの音がした場所だ。あらかじめ注目させておいたのだ。
男は俯き、自分の足元を見ている状態からゆっくりと光の差す方向を見上げ、
同時に両手を広げ、それに合わせて客たちの歓声も大きくなってゆく。
この男、乗せ方を心得ている。
男が両手を広げ切り、観客のボルテージがMAXに達した瞬間、
会場の闇は振り払われ、音楽隊が動き出し、花弁が吹き荒れた。
夜の王の復活だ。
「──待たせたな、皆の衆!!
今宵はわしの復活祭!! 遠慮することはない!!
思う存分飲み騒ぎ、食い散らかそうではないか!!
それから、今日が初参加の者たちに教えておこう!!
わしが主催するパーティーでは無礼講じゃ!!
小難しい挨拶をする気は無い、早速始めるとしようかぁ!!」
国王はグラスの中身が溢れるのも構わず高く掲げ、
貴族たちも同じように激しく乾杯を交わし合った。
「フウゥゥゥ!!
夜の王の完全復活だああ!!」
「待ってたぞKING〜!!
また楽しませてくれよ〜〜!!」
どうやら無礼講というのは本当らしく、
誰も「陛下」とは口にせず、別の名で呼ばれても彼は気にしていなかった。
そして飲み騒ぎ、食い散らかすという部分も本当で、
誰も食器を使わず本能のままに貪り、まるで野生児を思わせた。
浴びるように酒を飲む、酒に溺れるという表現があるが、
実際に頭から酒を浴び、溺れそうな者の姿もそこにはあった。
そんな熱狂的な人々に圧倒され、コノハは思わず呟いた。
「思ってたのと違う」




