残されし者1
真っ赤な髪を、太い尻尾をはためかせて少女は駆けた。
宿屋を、食堂を、露店を、詰所を、民家を、広場を。
しかし、どこにもいなかった。
石にされなかった者は自分以外、誰もいなかった。
これは呪いだ。
石の魔女の呪いだ。
魔法に詳しくない彼女でもすぐに原因を察し、
それは確信に変わったが、だからなんだというのだ。
仲間が石にされたのだ。
アリサはひとりになった。
状況の整理がつかないまま朝を迎え、
彼女は眠らなかったことを後悔した。
わずかな時間でも寝ていれば、
これは夢だと思えたはずだ。
部屋には2体の石像が佇んでいる。
昨晩から微動だにせず、蘇る気配は無い。
「んっ……!?」
いや、蘇らせる方法ならある。
つい最近、石化解除薬の製法が確立されたのだ。
その材料を集めにこの国を訪れたのではないか。
そして、その目的は既に達成済みだ。
「よっしゃあ!!
石のうんこなら、この中に……あっ」
アリサは荷物を探ろうとしたが、重要なことを思い出した。
それはコノハにしか使えない不思議なカバンであり、
当の本人は片目を覆い隠したポーズで石化中だ。
「意味ねえじゃんかよおぉぉ!!」
勢いでつい小突きそうになるが、
あることが頭をよぎって拳を止めた。
広場に並べられた数千体の石像の中には、
いくつか体の一部が欠損しているものがあった。
ある者は腕が折れ、またある者は鼻が欠け、
他にも脚、耳、酷いものでは首の無い石像もあった。
壊れ方からして、おそらく石化後にそうなったのだろう。
その状態のまま復活したら一体どうなってしまうのだろう。
失われたパーツを再びくっつける方法はあるのだろうか。
動かない2人に壊れた石像の姿が重なり、
何かの拍子で倒れたりしないよう慎重にベッドまで運んだ。
どうすればこの状況を打開できるのだろうか。
アリサは考えることが苦手だった。
それなら思い出せ。
この町でまだ確かめていない場所がある。
迷宮だ。
多くの冒険者が引き上げたとはいえ、
キャンプを維持するために残った者がいたはずだ。
そして彼らは一定の実力があるからこそ残された者たちだ。
誰かが解決策を思いついてくれるはずだ。
呪いの効果はその場所にまで及んでいないかもしれない。
あるいは呪いに詳しい者が何かしらの手段で免れたかもしれない。
とにかく現地へ行ってみるしかない。
なんにせよ、石化解除薬の材料を拾う必要があるのだ。
迷宮の入り口には見張りの兵士が2人、
片方はあくび中、もう片方は読書しながら固まっていた。
大事なのは彼らの装備品が無事だったということだ。
身につけている物は本体と一緒に石化するが、
そうでなければ呪いの対象外のようだ。
警戒担当のユッカがいない今、
天井から降ってくるストーンスライムへの対処は防具だけが頼りだ。
アリサは兜を被り、大盾を拝借して迷宮に入った。
装備を固めて準備万端のはずが、早速難題にぶち当たる。
アリサは地図を持っていなかった。
冒険道具は全てコノハが管理しており、
本人しか取り出せないカバンの中にある。
「……ええい、知るか!」
とにかく今は進むしかない。
彼女の中にはそれしかなかった。
アリサは迷宮に入ってすぐに方向を見失い、
そこで引き返せばいいものを意固地になり、
結局半日ほど彷徨い、次の階層へ辿り着けずに帰還した。
道中ストーンスライムが雨のように降り注ぎ、
新品同様だった大盾は見る影も無くベコベコに歪ませられた。
「……くっそおぉぉ!!
どうなってんだよおぉぉ!?
昨日はあんなに降ってこなかったぞ!?
今日はもうやめだ、やめ!!」
アリサは兜を地面に叩きつけ、その場を後にした。
宿への帰り道、ふと思い立ち冒険者ギルドへと足を運んだ。
ここならば地図が見つかるはずだ。
冒険者が荷物と一緒に石化していたら無理だが、
職員の机の中とか、色々と調べればどこかにあるはずだ。
そうと決まれば行動あるのみ。
まずは辺りを見回し、荷物から手を離している冒険者を探した。
そんな無用心な冒険者が見つかるとは思えないが、
アリサ自身、昔はそうだったのだ。
里を出てすぐに金を使い果たし、生き抜くためには稼ぐ必要があった。
放浪者が就ける仕事なんて冒険者くらいしかない。
そして登録手続きに難儀している隙を狙われ、
彼女の荷物を盗み去ったのがユッカである。
それはそれとして、やはりガードの緩い者はいなかった。
冒険者からの入手は諦め、ギルド職員の机を漁るしかない。
偉そうに足を組んでふんぞり返る石像を椅子ごとどかし、
鍵の掛かった引き出しを力ずくでこじ開けた。
すると1回目から当たりを引いたようで、
出てきたのは大量の地図、地図、地図。
ミルドール王国の全体図から町の見取り図、
水路、炭坑、街道に至るまで、様々な場所の地図が見つかった。
「どれだよおぉぉ!?」
アリサは字が読めなかった。




