選んだ道1
「そうですか……
行ってしまわれるのですね……」
ミルデオン城の地下室にて、
アリサ、ユッカ、コノハの3人はフレデリカたちに別れを告げた。
そこには王女だけでなく親衛騎士団団長パメラ、副団長ミモザ、
カチュア、キリエ、タチアナ、セシルの団員が勢揃いし、
更には特別一般兵のフィンも忙しい中、駆けつけてくれた。
この国で出会った仲間たちの前で、アリサは心の内を明かした。
「狭めえんだよ!!」
そこは本来、居住用に作られた場所ではなく、
ただの資材置き場に過ぎなかった小部屋だ。
計11人には窮屈な空間であった。
「あらあら、うふふっ
団長とフィン君、こんなにくっついちゃって……
やっぱりお互いに気があるんじゃないのぉ〜?」
「お前、まだそんなことを言っているのか……
いい加減にしないと本当に殴るぞ
アリサの言った通り、ただ狭いだけだ
……姫様、なぜこのような場所を選んだのですか?」
「それは……なんとなくです
思い出深い場所なので、つい……」
勘繰るミモザ、苛立つパメラ、申し訳なさそうなフレデリカ。
「おい貴様!
この国を見捨てると言うのか!
この薄情者め! 恥を知れ!」
「いや、待ってくださいよカチュアさん!
アリサはこの国のために、もう充分尽くしてくれたでしょう!
石の魔女を捕らえたし、薬の材料の生産方法も編み出してくれたんです!
あとは俺たち自身の手でどうにかする番なんですよ!
薄情者なわけがないし、恥じることなんて何も無い!」
責めるカチュアに、フォローするフィン。
「私もフィン殿の意見に同意する
彼女は紛れもなく救国の英雄なのだ
ここは一つ、アリサ殿の門出を祝うべき場面だろう」
「アリサ、ありがとね〜!」
「もう少しだけ残る気はないか?」
キリエ、タチアナ、セシル。
感謝する者、別れを惜しむ者、その反応は様々だった。
「……あぁ、べつに今すぐに出発する気はねえから安心しろ
実はまだやり残したことがあんだよな
おめえら、ニックとブレイズって冒険者を知らねえか?
種族はゴブリンとオークで、どっちも男なんだけどよ
国を出る前にそいつらの石化も治しときてえんだ」
「昔、お金貸してくれた人たちなんだよ!」
フレデリカたちは記憶を巡らせるが、
冒険者の知り合いは目の前の3人しか思いつかない。
それにゴブリンとオークは種族人口が多いので、
目的の2人を探し出すには時間がかかりそうだ。
しかし、1人の親衛騎士だけはまだ考え込み、
必死に思い出そうとしていた。
彼女はその2人を見たことがあるのだ。
「とりあえず医院を当たってみましょうか
迷宮ですれ違った時、ブレイズって人は足を怪我してたし、
ニックって人は『今日のところは引き上げる』って言ってたし、
王国内に留まってた可能性が高いからね」
「おめえ、よくそんなこと覚えてんな……
でも、おかげであちこち行かなくて済みそうだな!
……そんじゃオレたちはちょっくら探しに行ってくるぜ!」
そう言い捨て、アリサたちはさっさと地下室から出ていった。
彼女らがまだ残ってくれることに一同は安堵したが、
それでも別れの瞬間が先延ばしになっただけだ。
いざその時がやってきたら、笑って見送ることができるのだろうか。
3人がいなくなった地下室は、やけに広く感じた。
医院へ向かう途中、ふと石の広場に立ち寄った。
そこには子供の石像を磨く老夫婦の姿があり、
週に一度、朝の挨拶を交わす程度の仲ではあるが、
何も言わずに去るのも無礼だと思ったので声をかけた。
「……そうかい、旅立つんだね
賑やかなお嬢さん方がいなくなると思うと寂しくなるよ
でもまあ、それが賢明な選択じゃろうて
魔女の恐怖から解放されたとはいえ、この国の未来は暗いからのう
陛下は魔女との戦いで負った傷がまだ癒えず、
王妃様は石化から復活なされたものの、
病気がぶり返してしまわれたのだとか……
まったく、こっちまで気が滅入ってしまうわい」
「おいおい爺さん、それ信じてるのかよ……」
アリサは真実を教えようとしたが、
肩に置かれた手がそれを引き止めた。
「やめときましょう
この国では……いえ、この大陸ではもうそれが真実みたいなもんだし、
本当のことを言っても混乱させるだけだよ
何が嘘で何が本当なのか、証明する手段も無いからね」
嘘は嫌いだが、たしかにコノハの言う通りだ。
それに今はニックたちを探すという目的がある。
無駄な時間を過ごしたくはない。
「ねーねー、お爺さん!
ずっと気になってたんだけど、
その子ってお爺さんたちのお孫さんなの?」
彼らが磨いていた石像を指差す。
「ああ、そうじゃよ
最初の呪いでこうなって以来、
毎週、西の農村から会いに来ておるんじゃ」
「やっぱりそうなんだ! ……」
この後にユッカが口走ることを先読みし、
やはりコノハが先手を打ち、引き止めた。
「酷いと思うだろうけど、今は助けられないよ
王国復興のために必要な人員が優先だからね
能力と実績のある人から順番に復活させてるの」
「ニックとブレイズは王国に必要な人なの?」
「それはほら……ずるいかもしれないけど、
国を救った英雄の特権ってことで納得しないと……」
ユッカは渋々と受け入れた。
3人は老夫婦と別れ、石の広場から離れようとしていた。
最初に来た時は数千体だったのが今は数万体、
もしかしたら数十万体かもしれない。
正確な数は誰も把握していない。
それだけの数の石像が立ち並び、異様な光景が広がっていた。
その中でも特に目についたのは首無し兵士の像。フィンの兄だ。
他にも首の取れた石像はあるが、記録上は彼が最初ということらしい。
「なあ、コノハ
こいつどうにかなんねえかな?
フィンには世話んなったし、
おめえの解析能力でなんか調べたりできねえか?」
「えー……
さすがに死んだ人を生き返らせるのは無理でしょ
フィンさんだってもう諦めてるみたいだし……」
「頼むよ〜!
ちょっと触るだけでいいからさ〜!
んで、目ぇ押さえてカッとやるだけだろ〜!」
「うーん……
じゃあ、ちょっとだけね……」
あまり乗り気ではないが、コノハは石像に触れた。
そして左手で右目を押さえ、カッと見開いた。
『“第三の瞳”──!』
この後に「“第三の瞳”からは逃れられない──」
と言うまでがセットだったのに、彼女は言葉が出なかった。
首無し兵士は生きている。
作中に「狭めえんだよ」というセリフが登場しますが、
「狭」という漢字には(せま・せば)という訓読みしか無いので、
この送り仮名は正しくありません。
アリサには他にも「悪りい」「臭せえ」「汚ねえ」など、
送り仮名が正しくないセリフを使わせていますが、
今回はルビを振ってまで「狭めえ」と書いた理由を補足します。
ひらがなで「せめえんだよ」と書いた場合、
一瞬何を言っているのかわからない感じがしたため、
ここはやはり「狭」の字を使うべきだと判断しました。
「狭えんだよ」と書いた場合、(せまえんだよ)という
謎の言葉を連想してしまい、これもダメだと思いました。
困ったことに「狭」には「挟」(はさ・さしはさ)という
よく似た漢字が存在し、振り仮名をつけなかった場合には
「挟めえんだよ」(はさめえんだよ)と読み間違う可能性があったので、
試行錯誤した結果、「狭めえんだよ」(せめえんだよ)に落ち着きました。




