王国の危機4
コノハはミルドール王国から出ようと提案してきた。
魔女を打ち倒し、復興に向けて頑張っている、この国をだ。
アリサが救世主だという事実を知る者は少ないが、
とにかく彼女が救ったこの国を、見捨てようというのだ。
アリサもユッカも素材回収の現場で必要とされている。
コノハだって、大臣から仕事を任されるくらいの実績がある。
「なんでだよ……」
当然の疑問が溢れる。
だが、その答えをアリサはもう知っていた。
「この国にはもう、お金が無いの」
「どーしてお金が無いの?」
コノハは少し悩んだ。
どの言葉を選べば彼女らに理解してもらえるだろう、と。
だが、それで悩むよりも“自動翻訳”のスキルを使った方が早いと思い、
特に言葉を選ぶことはせず、理由を説明した。
「帝国に支払った賠償金(ごめんなさいしたお金)と口止め料、
流浪の民への賠償金(ごめんなさいしたお金)と口止め料、
共和国への謝礼(ありがとうしたお金)と口止め料、
あとはセバンロードや他の小国に対する口止め料、
……まずはこんなもんかしらね」
「口止め料ばっかじゃねえか!!」
「何を口止めしたのー?」
「それはほら……魔女の正体が奥さんだなんて噂されちゃ困るでしょ
だから悪いのは全部あのエルフだってことにして、
王妃への疑いを口にしないよう、金で言いくるめたのよ
王様も相当よね(あいつら夫婦揃ってクソすぎる)」
国王も王妃も、未だに魔女の正体を認めていない。
さっさとエルフを処刑して終わりにしたいが、
王女の猛反対により、それは行われずにいる。
だが今はそのことよりも、他の点が引っ掛かった。
「えっ、えっ……ちょっと待てよ
共和国も受け取ったのか? その汚ねえ金を……
あのシバタって奴、そんなことしねえと思ってたのに……」
「ま、政治の世界には色々あるんでしょ
あの国は内戦の後処理でまだゴタついてるし、お金が必要なのよ
言っとくけど、あの人はべつに悪い人ってわけじゃないからね
反シバタ勢力の過激派と揉めてる中、よくやってると思うわ」
「反シバタ……?
え、なんでそんなのがいんだよ!?
獣人たちが勝って、平和になったんだろ!?
なんで反対勢力なんて出てくんだよ!?
やられた連中の仕返しか!?」
コノハはつい余計な情報を口走り、
興味を持たせてしまった以上はちゃんと教えるべきだと反省した。
「理由は単純で、シバタさんの種族が人間だからよ
獣人たちの国を、人間が主導する(引っ張る)のが気に食わないのね
かつての公国が人間至上主義(人間万歳)の国だったみたいに、
“獣人至上主義(獣人万歳)”の国を作り上げたいのが彼らなの」
「そんなん、前の連中とやってることが同じじゃねえか
それが嫌だったから国を作り変えようとしてんだろ?
何考えてんだよ、まったく……馬鹿じゃねえの?」
「まあ、長年虐げられてきた恨みってのは
簡単に消えるもんじゃないしね……
……それはともかく、話を戻しましょうか
王国にお金が無い理由の続き!」
反シバタ勢力についてまだ思うところはあるが、
コノハはやや強引に本題へと戻った。
「石の薔薇が価格崩壊を起こした(安くなった)のも要因の一つなの
量産できると判明して、幻の素材じゃなくなっちゃったからね
今じゃ他の材料費や錬金術士の人件費(お給料)のが高い始末よ」
「なっ……!?
それってもしかして、オレのせい……? ……だよなあ!?」
動揺するアリサを宥めつつ、コノハは続けた。
「まあそれもあるけど、大きな原因はそれじゃないから安心して
石の薔薇には石化解除薬を作る以外の使い道が無いのよね
汎用性が無い(いろんなことができない)から価値が下がっちゃったのよ
素材は安くなる一方で完成品の値段は変わらないから、
薬の購入ペースも緩やかになってきてるの(買いづらくなっちゃった)」
「なんでお薬の値段下がらないの〜?
そのぶん安くなってもいいんじゃないかな〜?」
「そりゃあ、売る方も生活が懸かってるからね
そのへんは商人の領分(なわばり)だし、なんとも言えないわ
……ちなみに帝国民や流浪の民の分も王国が購入してて、
運搬コスト(お馬さんへのありがとう代)とか諸々含めて(全部まとめて)
王国が負担してるから、その積み重ねも効いてるってわけ」
「そっかぁー、お馬さんもお金欲しいよね」
「そうね(ユッカかわいい)
……あと、これがかなりの問題なんだけど
アル・ジュカ反乱の際、公国の貴族たちが
帝国の船を奪って逃げちゃったんだよね
ミルドールを占領した時に奪ったお宝を持ってね」
「そりゃ貴族じゃなくて海賊っつうんだよ」
「そうね(やるじゃない)
……んで、その人たちがこの大陸の悪い噂を広めてるらしく、
他の大陸との貿易(売ったり買ったり)が止まっちゃって、
外貨の獲得ができていない(外からお金が入ってこない)状況なのよ」
一通りの説明を聞き、この国の財政状況を理解したアリサとユッカ。
お金の話は難しいと思っていたが、コノハは実にわかりやすく説明してくれた。
頑張って勉強すれば文字を覚えることができたし、
今度は計算の仕方を教わってみるのも悪くない。
「あと、これが一番の問題なんだけど……」
「まだあんのかよ!?」
「王様は根っからのパーティー好きらしいんだけど、
奥さんが石になってた10年間は特に酷かったらしくてね……
それはもう毎晩のように晩餐会を開いてたみたいなのよね
どうやら石化解除薬開発の資金集めってことだったんだけど、
その頃の帳簿を見返してみると、どうも計算が合わなくてね
ちゃちゃっと直してみたら、細工の痕跡が出るわ出るわ……」
「ん〜……?
ちょーぼに細工? どゆこと?」
「えっと、王様はお金を集めたくてパーティーを開いてたはずなのに、
実は入ってくるお金よりも、出ていくお金の方が多かったの
それを誤魔化してまでパーティーをしまくってたんだけど、
そのツケが今になって回ってきた……って感じかしらね」
「ただ自分が遊びたかっただけかよ!
どこまでも自分勝手なジジイだな!」
「そうね
……まあ、とにかくこの国に残ったとして、
私たちは一生タダ働き同然の生活を強いられるわけよ
今は毎日ご飯を食べられてるけど、この先どうなるかわかんないし、
国を救った英雄への仕打ちとしてはあんまりでしょ
国のお金がまだ残ってるうちにそれなりの報奨金をもらって、
よその大陸で慎ましく暮らすのが賢い選択だと、私は思うよ」
「う〜ん、でもなあ……」
アリサは迷った。
失ったものを取り戻す過程で得た、
この国で出会った仲間たちの姿が目に浮かぶ。
一日でも早く王国を復興させるため、
みんな必死になって頑張っている。
おそらくは今、この瞬間にもだ。
自分たちの生活か、仲間たちの未来か。
その選択を今、迫られているのだ。
「……アリサ、無い所からは搾り取れないよ」
そして、アリサは選択した。




