王国の危機3
一度石化した者は、もう呪いにかからない。
その情報を聞いてアリサは喜んだが、
翌朝、すぐに問題点が浮き彫りになった。
「……喜んでるところ悪いんだけど、
王妃は協力しないだろうね
未だに自分が石の魔女だと認めていないし、
その作戦が成功したら魔女の証明になってしまう
それに……万が一協力したとしても、
腹いせにアル・ジュカやセバンロードの民を巻き込む可能性もある
あの短気な性格なら、充分にあり得ることだよ」
「え〜、空振りかよぉ……」
「まあ、そんなに気を落とさないでくれ
復興はまだ始まったばかりなんだ、焦らなくてもいい
……それにしても、石化の後遺症やなんかについては
宮廷魔術師たちが話し合っている途中だけど、
君の仲間……コノハさんは随分はっきりと断言するんだな?
財務大臣の手伝いを任されるだけの頭脳を持ち、
更には魔法の知識も深いと見える
優秀なリーダーに恵まれているようで、君が羨ましいよ」
「お、おう……」
コノハは秘密主義者だ。
解析や追跡などの便利な能力、不思議なカバンというチートアイテム。
それらの存在を知る者は、冒険仲間であるアリサとユッカだけだった。
本人曰く「目立ちたくない」そうだが、
その割にはいちいち決めポーズを取ったり、
たまにわけのわからないセリフを吐いたりと、
少しは目立ちたいのを隠せていない、面倒な女だった。
──今日のアリサは暇だった。
先日ストーンビーストを狩り尽くし、復活待ちの状態なのだ。
回収した素材を迷宮の外へ運び出したり、
キャンプの維持をしたりなんかは現地の労働者たちに任せてある。
ユッカを探しにミルデオン城までやってきたが、
彼女はカチュアと追いかけっこをして遊んでいた。
二人はとても熱中しているようで、アリサの前を素通りしていった。
鼠人のカチュアを追いかけたくなるのは猫精の本能なのだろう。
まあ、仲の良い遊び友達ができたようで何よりだ。
アリサは二人の邪魔をしないよう、そっと場所を移動した。
懐かしの地下室を訪れると、そこの住人が快く出迎えてくれた。
「まあ、アリサ様!
いらしてくださったのですね!
只今お飲み物を用意いたします!」
「いや、姫さんは座ってろって
そういうのは下々の仕事だろ?」
「それは、まあ、そうなのですが……」
フレデリカの視線の先には魚人のミモザの姿があった。
あまり言葉を交わしたことはないが苦手な女だ。
団長のパメラと同い年であり、他人の恋愛話に目がない。
あれから随分と時間が経つというのに、
未だにパメラとフィンの仲を勘繰っている下衆な女だ。
本人たちが否定しているのだから、もう放っておいてやればいいのに。
そして、そのミモザが机に突っ伏していびきを立てている。
傍らには空のワインボトル。彼女の寝顔は真っ赤だ。
「こいつ、仕事中に酒飲んでやがんのか
まったくとんでもねえ騎士様がいたもんだ」
「あはは……
話が盛り上がって、つい飲み過ぎてしまったようです」
「んっ?
盛り上がったってことは、姫さんもそういう話が好きなのか?」
「ええ、それなりに興味はありますね
お屋敷のわたくしの部屋にある本棚が、
ミモザが持ち寄ってくれた恋愛小説で一杯になるくらいには……」
「こいつの影響じゃねえか!
おめえ、洗脳されてんじゃねえのか!?
気をつけねえと、このままじゃダメな大人になっちまうぞ!」
「うふふ、心配してくださるのですね
でも、なかなか悪い物ではありませんよ
アリサ様も一度お読みになられてはいかがでしょう?」
「オレはいいって!
誰が誰とくっつこうが興味ねえし!」
「そうですか……
アリサ様を洗脳するには、少し時間がかかりそうですね」
「今、洗脳って言ったか!?」
フレデリカはクスクスと笑い、
それが冗談だとわかると、アリサも思わず吹き出した。
楽しい時間はまだ続くかと思われたが、
フレデリカは机の書類をまとめ上げ、すっと立ち上がった。
「さて、もう少しお話をしていたいのですが、
これから会議に出席しなければいけません
アリサ様はどうかごゆるりとお寛ぎください」
「おう、いつも大変そうだな
……それにしても、寛げっつわれてもなぁ
こんな酒臭せえ女のいる部屋じゃ落ち着かねえや」
「うふふ、それもそうですね」
──その晩、コノハは宿屋に戻らなかった。
どうやら国の財政状況が芳しくないらしく、
会議が長引いているとのことだ。
その情報を持ってきたのはセシルで、わざわざ走ってきたらしい。
そういう役回りはキリエやタチアナが向いているのではないだろうか。
彼女は何かやらかして、罰でも受けているのだろうか。
その疑問を口にするより先に、彼女はまた城まで走り出していた。
ユッカと2人きりの食事。なんだか落ち着かない。
「ねーねー、アリサ
ざいせいじょーきょーがかんばしくない……って、どゆ意味?」
「ん〜、つまり金がねえってことだろ
コノハが帳簿見ながら難しい顔してたしな」
「そっかぁー、大変なんだねぇ
昔のあたしたちとおんなじだね
なんか手伝えることないかなー?」
「いや、頭使うのは大臣連中の仕事だしな
オレたちゃ薬の材料集めで充分活躍してるし、
べつに手伝おうなんて考えなくてもいいだろ」
「う〜ん、そっかぁー……」
それからというものコノハが城に寝泊まりする日は増えてゆき、
その度にセシルが知らせに駆けつけ、2人の夜が多くなった。
そして10日連続で帰ってこなかったコノハが突然宿屋に戻り、
再会を喜び合うのも束の間、重大な決断を迫ってきた。
「この国を出ましょう」




