雪解け8
「おい、一体どういうつもりだ……離れろ!
私はべつに泣いているわけではないぞ!
……いや、少し涙は出ているが、これは違う!
目にゴミが入っただけだ!
何? 顔が赤いだと? 風邪を引いただけだ!
いいから離せ! 感染るぞ! 風邪が!」
「よーしよし、落ち着いてください
いいからそのまま、ゆっくりと深呼吸をしましょう
……俺の妹も、団長と同じで不器用な性格なんです
本当は不安で仕方ない癖に、強がっているんでしょう?
こうされると落ち着くらしいんですが、どうですかね?」
「やめろと言ってるんだ!!
私はお前の妹ではない!!」
女騎士が男兵士を突っ撥ね、観客は沸いた。
突如巻き起こる拍手と歓声の嵐。
すぐ側には王女や親衛騎士団の面々、そしてアリサたちがおり、
彼女らも観客に負けじと大きな拍手で出迎えた。
その異常事態に、二人は動揺を隠せなかった。
さっきまで石の迷宮の入り口にいて、
魔女が放った呪いの恐怖に怯えていたはずの二人。
それがなぜだか今は知らない場所にいて、
知らない人たちから身に覚えのない賞賛を浴びている。
そこに怯える人の姿はない。
アル・ジュカ共和国、“平和の広場”には大勢の人々が集まっていた。
共和国の民だけではなく、そこにはセバンロードの民もおり、
更には王国や帝国の民、そして他からも、大陸中の民が押し寄せていた。
彼らは祭りのために集まった。
“復活祭”。
まだ全ての被害者を救えたわけではないが、
各国の代表が集まり、どこかで区切りをつけようという合意がなされた。
それが今日、この日なのだ。
パメラとフィンの復活を祝う日ではなく、
『全ての石像を復活させる』と宣言が行われる、記念すべき日なのだ。
彼らの復活劇はその余興でしかなかったが、
それを観ていた者たちは大いに喜び、祝い、騒いだ。
気恥ずかしさに耐え兼ねた二人は静寂を求め、会場の裏へと回った。
そして少しの沈黙の後、ある事実に気づく。
暑い。
会場の熱気のせいだけではない。
季節が変わり、気温そのものが上昇しているのだ。
もう雪は残っていない。
気づけば季節は夏だった。
二人が鎧を脱ぎ始めると、草むらで何かが動いた。
それは自然に発生した現象ではなく、
明らかに誰かがそこにいるのが丸わかりだった。
なにせ、全身を隠し切れていないのだ。
「おい、出てこい……ミモザ」
パメラの呼び掛けに、そのはみ出た部分がピクッと反応する。
魚の尻尾が。
彼女は魚人という種族で、れっきとした親衛騎士団の一員だ。
ミルデオン城の地下室で難を逃れたメンバーの1人であり、
他の大陸へ救援要請に向かったはいいが
帰ってきた頃にはとっくに魔女は倒されていた。
それはさておき、彼女は二人を覗き見していた。
他人の恋愛事情に興味津々なのだ。
「……何か思い違いをしているようだが、
私はこの男とはそういう関係ではないぞ
妙な詮索はやめて、どこか静かな場所へ案内してくれ」
「それは、二人きりになれる場所へ行きたいってことかしら!?」
「殴るぞ」
式典出席者の控え室へと案内された二人は衆目から解放され、
少し気分を落ち着けることができた。
そこには真っ赤な髪を後頭部で束ねた、
白いドレスの少女がそわそわしながら立っていた。
これがまた、なかなかどうして似合っている。
どこぞの貴族のお嬢さんだと言われたら信じてしまうだろう。
だが、当の本人は今すぐにでも脱ぎたがっていた。
実に彼女らしい反応だ、と口元が緩む。
パメラとフィンはそのお嬢さんに近づき、
本心からの言葉を彼女へ伝えた。
「しかしまあ……あの状況から魔女に勝利してしまうとはな
心から礼を言うぞ ありがとう」
アリサは照れ臭そうにしている。
「俺も感謝している
君のおかげで王国は救われたんだ……
君を信じて、本当によかった!」
アリサは顔を真っ赤にしている。
「わたくしからも、王国を代表してお礼を申し上げたいと思います」
アリサは我慢の限界だった。
「だあああ〜〜〜っ!!!
もういいって!!
この後、大勢の前で表彰されんだろぉ!?
ただでさえ緊張してんのに、ムズムズさせんなよおぉ!!」
アリサは式典など参加したことはなく、
綺麗なドレスを身に纏ったこともなく、
褒められることにも慣れていなかった。
「アリサ〜、暴れちゃダメだよ〜
ドレス破けたら弁償させられちゃうよ〜」
「このドレスってレンタルかな?
それとも持ち帰っていいやつ?」
ユッカとコノハは魔女討伐には貢献していないが、
復活後の働きにより高い評価を受けた。
ユッカは例のポーズの像が量産されて歓楽街に並べられ、
労働者たちの活気を取り戻すのに一役買っている。
コノハは得意の事務仕事により
優先的に復活させるべき人員を割り出し、
いち早い経済活動の正常化を目指して王国に協力している。
「えっへへ、ボクたちも表彰されるんだね〜
脇目も振らず、急いで救援要請に向かったからね〜」
「ああ、全力で駆け抜けた甲斐があるというものだ
私たちが大平原で石になっている間に、
アル・ジュカの部隊が頑張ってくれたらしいな」
「……いや、そうではない
副団長であるこの私が国王陛下を発見し、
速やかに保護したという功績だろう」
カチュアは眉をしかめた。
そしてしばらく待機していると控え室に連絡係が訪れ、
いよいよアリサが表彰される段になった。
何万人、何十万人いるのかわからない大観衆が見守る中、
ミルドール王国、ハルドモルド帝国、アル・ジュカ共和国の、
大陸内における主要3国の国家元首が一堂に会し、
演説台の上で固い握手を交わし合った。
本日を以てこの3ヶ国は正式に同盟国となり、
永久に戦争行為を禁止する平和条約が結ばれた。
沸き起こる大歓声に、幕裏で待機していたアリサは
全身をガタガタと震わせ、頭の中が真っ白になっていた。
「ぅぉぉ……もう次かよ……
そろそろかよ……やべえよぉ……」
「アリサ〜、大丈夫だよ〜
みんなの前で褒められるだけだよ〜」
「ちょっ……ユッカ!
それは逆効果だからダメ!」
仲間のフォロー?も耳に入らず、
演説台の隣では司会進行役が手招きしているのが見える。
とうとう順番が来てしまったのだ。
この期に及んでアリサは辞退しようとするも、もう手遅れだ。
今の状態の彼女なら、非力なユッカとコノハでも押し出せる。
そんな3人のやり取りを困り笑いで見守っていた王女たちも加わり、
英雄アリサは大観衆の前に、その姿を晒されようとしていた。
……が、国王がその場に倒れ、それどころではなくなった──。




