雪解け2
「こんな状態でよく生きていられたな……」
患者の酷い有り様に、医者は目を丸くしていた。
それだけでなく、ここまで骨や臓器を損傷しておいて
意識を保っていられるだけの精神力にも驚いていた。
アリサは治療を施され、一命を取り留めた。
そして少なくとも半年の強制入院と、絶対安静を言い渡された。
「オレはもう平気だっつってんだろ!!
今は呑気に寝てる場合じゃねえんだよ!!
薬の材料を集めなきゃなんねえんだよ!!」
暴れる重症患者に医者たちは頭を抱え、
いっそ本人の思い通りにさせようかと思い始めていた。
「アリサ、頼むから落ち着いてくれ!
この人たちはお前を治そうとしているだけだ!
私たちとしても、魔女討伐の英雄に死なれては困る!」
セシルが説得する理由はわかる。
医者の善意も当然、理解はしている。
アリサは焦っていた。
この東の小国セバンロードに着いてからの1ヶ月、
事態は何も好転していないのだ。
それどころか悪化していた。
有志の調査によるとハルドモルド帝国はやはり全滅状態で、
アリサが伝えた“石の薔薇の量産方法”を実行できる者はおらず、
この混乱に乗じてアル・ジュカ公国とかいうアホ国の騎兵隊が
ミルデオン城を乗っ取り、大陸の覇者を名乗っている始末だ。
あの場所には仲間が残っている。
公国の連中に何か変なことをされていないだろうか、
そう考えると気が気でなかった。
所変わってミルデオン城。
アリサの心配虚しく、仲間たちの石像は変なことをされていた。
「はいはいはい、お次はこの“尻を突き出す猫娘の像”です!
この挑発的なポーズ、さすがはケダモノ! 恥というものを知らない!
まずは1000ジュカーから!(※アル・ジュカ公国の通貨)
はい、2000! 3000! ……4500!!」
公国の貴族たちは石像オークションなる娯楽を開催し、
ユッカの石像は最終的に35000ジュカーで落札された。
「ホッホッホッ、
アタクシの奴隷は猫系の獣人が多いザマスからねぇ
この石像を置いておけば、いい見せしめになるザマス」
人間至上主義のアル・ジュカ公国において、亜人種族の扱いは酷かった。
奴隷。
その単語が相応しい。
首輪を嵌められ、敷地内から出ることを許されず、
賃金は支払われず、一日一回だけ粗末な食事が与えられる。
風呂も着替えも無く、床に寝かせられ、毎年多くの凍死者を出している。
これまでは国際情勢を鑑みて鳴りを潜めていたが、
大陸の中央を乗っ取った今、彼らはもう隠そうとはしなかった。
大陸統一宣言。
アホか。
上手く行くわけがない。
彼らの最大戦力は、奴隷としてこき使っている獣人たちなのだ。
武器を持たせれば反乱が起きるのは目に見えている。
しかし彼らには見えていなかった。
無人のミルデオン城をほぼ無傷で制圧したという、
そんな虚しい勝利に酔い痴れ、浮かれていた。
ちなみにだが、少数の怪我人は存在した。
平坦な道で落馬したり、仲間の馬に蹴られたりした間抜けが。
──宣言から1ヶ月後。
案の定、反乱が起きてアル・ジュカ公国は呆気なく滅亡した。
アリサやフレデリカたちが手を下すまでもなく、勝手に自滅した。
新生アル・ジュカ共和国を率いるのは元反乱軍のリーダーで、
意外にも彼は亜人種族ではなく、純血種の人間だった。
本来は敵であるはずの人間。そんな彼が自ら進んで矢面に立ち、
種族差別の無い社会を築き上げようとする姿勢に惹かれたのだろう。
反乱軍のメンバーの多くは彼に賛同した者たちであり、そして勝利した。
そんな革命の英雄が、魔女殺しの英雄の病室を訪ねてきた。
「やあ、俺はシバタ 君がアリサで間違いないな?
おおっと、寝たままで結構だ 長居する気はないからな
単刀直入に言おう、我々は君たちに協力する! 以上だ!」
何か答える前に、男は言いたいことを言い切って病室を去っていった。
困惑しつつも、それが朗報だということは理解できた。
今や獣人の国と化したアル・ジュカ共和国から協力を申し出てくれたのだ。
身体能力に優れる獣人たちが一致団結すれば、
石化解除薬の材料を量産できるだろう。
この2ヶ月間は何もできずにいたが、ようやく光明が差し込んだ。
誰もいない病室で少女は一人、涙を零した。
その翌日には早速、素材回収部隊が結成された。
シバタに同行している獣人たちはもちろん、
セバンロードの有志たちも名乗り出てくれた。
彼らは、一度は石の迷宮に挑んだものの、
戦闘経験が無いゆえに失敗し、引き返した者たちだった。
だが、今、彼らには頼れるリーダーがいる。
虐げられてきた者たちを勝利に導いた英雄が、すぐそこにいるのだ。
自分たちも彼の英雄譚に加わりたいという打算も当然あるだろう。
しかし根底にあるのは、石にされた人々を救いたいという思いだ。
彼らはフレデリカ王女の願いを叶えてあげたかった。
彼女は絶世の美少女であり、清い心の持ち主であり、
老若男女問わず好かれる、そんな魅力を兼ね備えていた。
あの美少女に恩を売り、お近づきになりたい。
彼らは純粋な下心に従い、再び王国へと向かった。