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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『石の魔女』編
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嵐に吹く7

──王妃との再会から5日が過ぎた。

帝国騎士はもうわたしを疑ってはおらず、

あの女こそが石の魔女だと理解してくれた。


それは紛れもない事実だ。

言い逃れようたってそうはいかない。


親切なわたしはただ魔法を教えてあげただけで、

それを使って王国を恐怖に陥れたのはあの女だ。


全部あの女が悪い。


10年前、禁術を使って自分もろとも石になったはずなのに、

なんでピンピンしてるのか、賢いわたしにはすぐわかった。


王様とかが石化解除薬を買ったんだ。

国民の税金で。ロイヤルパワーで。


値段は知らないけど、絶対にすごく高いやつだ。

だって、材料が高いし。手に入れそびれたけど。


あのバカ竜人のせいで。


あのアホ竜人さえ邪魔しなければ、今頃わたしは素材を拾えてたはずだ。

それを売って、今頃わたしは大金持ちになってたはずだ。


もちろんお金のためじゃなくって、

あくまで石になった人を助けたいという善良な心からの結果で、

その労力に見合った見返りを支払ってくれるというのなら

厚意を無下にするのも忍びないので受け取るというだけの話だ。


だというのに、あのクソ竜人とクソ王妃のせいで計画は台無しだ。


善良な心を踏みにじられ、わたしは怒っていた。



部屋に入ってきた帝国騎士が敬礼し、呼びかける。


「──サロメ殿、準備はよろしいですか?」


「ええ、いつでも構いませんよ」


偽サロメは優雅な動きでティーカップを置き、

組んでいた足を解き、静かに立ち上がった。


彼女は魔女と疑われたお詫びとして、

上流階級御用達の高級宿に滞在していた。


ふかふかのベッドで眠れるなんて実に10年ぶりで、

薔薇の香りがする風呂に至っては初めての経験だった。


できることなら、いつまでもここで暮らしたい。


しかし、今はやるべきことがある。


彼女は魔女に対抗し得る能力を持つ魔法使いと認められ、

討伐隊の筆頭戦力として迎え入れられたのだ。


魔女討伐に成功した暁には莫大な報奨金が約束され、

本人が望むなら帝国での永住権をも獲得することができる。

野良で活動している身にとっては願ってもいない好条件だ。


これでようやく冒険者なんて底辺職業とはおさらばできる。



帝国騎士50万。

冒険者30万。

民兵20万。


合わせて100万の戦力が集結し、打倒魔女を誓った。


皇帝の演説、湧き上がる歓声、国歌斉唱。

火薬の匂い、熱狂する人々、軍靴の音色。


戦争が始まる。






──慰霊の杜にて、キリエとタチアナは愕然とした。

そこには石像と化した国王や黒騎士団の姿があり、

この国が魔女に敗北したという事実を知ってしまったのだ。


泣き崩れる2人に対し、王妃は今すべきことを告げた。


「ご覧の通り、この国はもうおしまいです

 ですが、王家の血が途絶えなければまだ希望はあります

 なので、わたくしをこの大陸から逃がすために尽力なさい

 帝国の者たちはどうもこのわたくしを魔女だと勘違いしており、

 今や敵地ではありますが、港はあそこにしかありません

 どうにかして船を手配する方法を考えなさい」


たしかにその通りだ。

王家の血は、最後の希望だ。


「急いで姫様に知らせてきます!」


「ばっ……お待ちなさいっ!!」


至極正常な判断をした2人に待ったがかかる。


自分が復活したことはまだ知られたくない。

最後に触れ合ったのは幼児の頃だが、あの娘は察しがいい。

今会えば、魔女の正体に気づいてしまうかもしれない。


「……父が石になり、母が魔女と疑われていると知れば、

 あの繊細なフレデリカはどんなに嘆き悲しむことでしょう

 わたくしは最愛の娘にそんな思いをさせたくはありません

 それに、城には結界があるので安全なはずです

 事態が収まるまでは余計なことをしない方がいいでしょう」


よくもまあこんな嘘がつけるなと、

イルミナは自分の才能につくづく恐ろしくなった。


所詮は政略結婚の末に生まれた娘、愛してなどいない。

王家の跡継ぎの予備として産まされた第二子に過ぎない。

舞踏会での出会いも両家の親が仕組んだこと、

稀少な蛇人種族の血を絶やさないようにと計画されたことなのだ。


「わかりました王妃様!

 なんとか船に乗れる方法を考えてみます!」


唯一の味方が単純な思考で助かり、同時に不安でもあった。


近々、あのハーフエルフは必ずトドメを刺しに来る。

こちらの最大の武器は呪いの霧で、あの女はそれを無効化できる。

今は魔力が全回復しているものの、使えるとしても一度限りだ。

使うタイミングを見誤れば、今度こそ何もかもが終わってしまう。


乗船の手段は親衛騎士の2人に任せ、

イルミナはハーフエルフとの戦いをどう乗り切るかだけに集中した。






──そして、決戦の時は来た。


「おい、そこの商人!

 一体何を運んでいる!?

 中身を確認させてもらうぞ!」


イルミナたちは兵士に呼び止められた。


行商人のふりをして関所を素通りするという、

キリエとタチアナが必死に考え出した作戦は速攻で見抜かれ、

もう後が無いイルミナは初手で最終手段を行使するしかなかった。



「ウオアアアァァァァ!!!」



王国と帝国を結ぶ大平原の上空に、紫の雲が出現する。

それは過去最大級の大きさを誇り、大陸の南半分を包み込んだ。



戦争は起きなかった。



魔女討伐隊が動くより先に、帝国は滅びた。




イルミナは怒っていた。


偽サロメも怒っていた。




そして、アリサも怒っていた。

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