嵐に吹く6
「魔女を倒せっつわれてもなあ……
それはこの国の連中がどうにかする問題だろ?
オレにゃあ、そいつと戦う理由がねえんだよな」
アリサは王女の頼みを断った。
断る理由はごもっともであり、彼女が戦う必要は無い。
それより、さっさと仲間を復活させてこの大陸から避難させたい。
それにいくら呪いに対する耐性があるとはいえ、
野良エルフの魔法攻撃に完敗した経験がある。
国家滅亡レベルの魔女に勝てる見込みなど無い。
「この薄情者!
姫様が頼んでいるのだぞ!
助けてやろうとは思わんのか!?」
鼠人カチュアが責め立てるが、アリサには響かなかった。
「オレはユッカとコノハを元に戻せりゃそれでいいんだよ
とりあえず薬の材料なら今必要な分は手に入れたし、
おめぇらの団長さんも復活させてやるから、
魔女はそっちで勝手にどうにかしてくれ」
「なんだと貴様!
自分の仲間さえ元に戻せればいいのか!
この国のために戦う気は無いというのか!」
尚もカチュアは責め立て、頭の悪さを露呈した。
「……ちょっと待ってください!
アリサ様、今、材料を手に入れたと仰ったのですか!?
必要な分というと、お仲間の2人とパメラの分を合わせて3つですか!?」
王女フレデリカが興奮気味に食らいつく。
石化解除薬が完成したという噂は聞いていたが、
それが市場に出回る気配は無く、誰かが復活したという話も無い。
材料が不足しているのだ。
頼れるのは石の迷宮で活動できる冒険者たちであり、
今まさに目の前の冒険者が断言してくれた。
彼女は手に入れたのだ。
石化解除薬の材料、石の薔薇を。
「あ〜……
3つどころじゃねえな
とりあえずテント1個分で、全部は数えちゃいねえよ」
テント1個分。
初めて聞く単位だ。フレデリカたちには想像もつかない。
とりあえず理解できたのは、大量の素材を確保できたということだ。
「そ、それは今どこにあるんだ……!?」
副団長セシルに問われ、アリサは思い出した。
迷宮から出てすぐ小さな足跡に気づき、
追いかけるのに邪魔なので荷物を置いてきてしまったことを。
アリサは石の迷宮へ向かった。
途中で食堂に立ち寄り、水や食料を確保した。
冬場とはいえ、そろそろ食材が傷んできている。
剥き出しの生肉や野菜には小さな虫が沸き始め、
火を通したとしても食べる気にはなれなかった。
あの夜から結構な時間を過ごしたと思うが、
実際はまだ10日ほどしか経っていない。
その10日で色々と覚えることができた。
肉の焼き加減、適切なスパイスの量、
竜人という種族は魔法耐性が高いこと、
文字の読み書き、左手法、地図の見方、
石の薔薇を量産する方法。
現在進行形で酷い目に遭ってはいるが、
この国に来たこと自体は後悔していない。
むしろ成長させてくれたことに感謝しているくらいだ。
『この国のために戦う気は無いというのか!』
ふと、カチュアの言葉が頭をよぎる。
そりゃこんな事態を引き起こした魔女を
一発ぶん殴ってやりたいという気持ちはあるが、
そんなことより早く仲間を取り戻したいし、
今のアリサにそんな余裕は無かった。
「お〜、あったあった
……まあ、盗む奴なんざ1人も残っちゃいねえがな」
目的地へは特に問題も無く到着し、補強されたテントの中身も無事だ。
あとはこれを持って帰るだけだと意気込んだが、
ここまで来てから気づいてしまった。
この素材は魔法に弱い。
きっと、結界から吹き上がる魔力の風にやられてしまう。
城壁にある弱い結界ならまだ素通りできるかもしれないが、
地下室へ続く螺旋階段の結界は強すぎて、まず無理だろう。
それともう一つ、そもそも城まで運ぶ意味が無い。
王女たちに薬を作る技術があるとは思えないし、
持ち込むなら錬金術士の工房が正解だろう。
ただ見せびらかして彼女らを喜ばせることに、なんの意味も無いのだ。
「だあああ〜〜〜!!
無駄足じゃんかよぉぉぉ!!」
アリサは積もった雪を蹴り散らかし、しばらくの間うつ伏せになった。
──文字通り頭を冷やしたアリサは、手ぶらで城に戻ってきた。
いくら彼女が怪力とはいえ、重い物は重いのだ。
この無駄な往復の負担を少しでも軽減しないと体が持たない。
王女たちは現物を見ることができず残念そうな反応を示したが、
そんなことよりも早く次の目的地の場所を教えてもらいたい。
「錬金術士の工房ですか?
それなら南のハルドモルド帝国へ行くといいでしょう
この大陸で一番大きく、とても文化水準の高い国です
わたくしの書状があれば、優れた術士を紹介してもらえるはずです」
そう言うなり、フレデリカはさらりと書状をしたためた。
さすがは王族、姿勢も文字も美しい。
育ちの良さがそのまま表れているようだ。
つい最近読み書きできるようになったばかりのアリサには、
一生かかってもこのレベルの字を書ける気がしなかった。
しかし今はできないことを嘆くより、
自分にしかできないことを為す時だ。
「そんじゃ、ちょっくら行ってくるぜ
薬を持って帰ってくるまでに誰を起こすのか決めとけよな
オレは4人分使うとして、残りは初回サービスってことにしといてやるぜ」
その発言にフレデリカは希望を見出し、
「なっ……貴様!
次からは金を取る気か!?
この、金の亡者め! 恥を知れ!」
カチュアはいまいち理解できていなかった。
呪いの効かないアリサが、次も薬の材料を提供してくれる。
つまり、より大勢の国民を救える。
薬の完成から何ヶ月も材料不足に悩まされていたのが、
ようやく金で解決できる話へと変わったのだ。
金ならいくらでも出してもいい。むしろ正当な報酬だ。
これからも供給し続けてもらえるのなら、もはや魔女を倒さずともよい。
それは即ち、魔女への勝利を意味していた。




