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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『石の魔女』編
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嵐に吹く4

石にならなかったのはイルミナだけではなかった。


邪悪なハーフエルフ、そして竜人の少女。


ハーフエルフは風の結界により呪いを無効化したが、

竜人の少女はなんの防御策も取らずに生還した。

それが何を意味するのか、イルミナにはわからなかった。


「ふざけんじゃねえええええぇぇぇっ!!!」


彼女の叫びに、隠れて見ていたイルミナは立ちすくみ、

ハーフエルフはニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべた。


その後、竜人の少女は敵に斬りかかったが、

上空に飛ばされ、地面に激突し、焼かれた。


「待ちやがれえええええぇぇぇっ!!!」


あれだけの攻撃を受けておきながら、彼女はまだ生きていた。

しかしハーフエルフが立ち去ると意識を失い、雪に沈んだ。


イルミナは竜人の少女を暖かい場所へ運ぼうとしたが、

食器よりも重い物など持ったことのない彼女には無理な話だった。

手当てをしようにも必要な道具が手元に無く、その方法も知らない。


この子はもう助からない。


イルミナは救助を諦め、ハーフエルフの跡を追った。




そしてハーフエルフは南へ向かう途中、

帝国騎士団の先遣隊と遭遇し、彼らを蹴散らした。


先程の少女との戦いでもそうだったが、

彼女の手持ちの魔法で一番厄介なのは風の魔法だ。

鎧を着込んだ騎士すら吹き飛ばし、呪いの霧を防ぐ防壁にもなる。

どうやら魔法隠しの幻術も見破られており、奇襲は失敗に終わった。


もうこうなったら寝込みを襲うしかない。

卑怯だろうがなんだろうが、勝つにはそれしかない。


イルミナはそう決め込んだが、思いがけない好機が舞い込んだ。


「この大陸には魔女の脅威に晒された過去があるのだ

 このような魔法道具が開発されるのは必然であろう」


気がつけば後続の騎士たちがハーフエルフを取り囲み、

“魔封じの縄”なる素敵アイテムを取り出したではないか。

そういえば迷宮から出てきた時もあの縄で縛られていた。

名前通りの性能なのだろう、彼女は悔しがっている。


イルミナはミスを犯した。


「──ハルドモルド帝国騎士団の皆様、

 その者をこちらに引き渡してください

 彼女こそが全ての諸悪の根源、石の魔女に他なりません」


そのまま縛られるのを待っていれば奇襲に成功したかもしれないものを、

勝利を確信した彼女は騎士たちの前に姿を現してしまったのだ。


「あ、貴女はまさか……!

 いや、そんなはずは……しかし…………!

 ミルドール王国の王妃殿下、イルミナ様ではございませぬか!?」


帝国騎士たちは目を疑った。


王妃は10年前に起きた“石の悲劇”における最も有名な被害者であり、

その石像は王家の別荘で厳重に保管されているはずだ。

なぜ元気な姿でこんな場所にいるのか、不思議でならない。


騎士団長が歩み寄り、王妃の前で跪いた。


「王妃殿下……

 気分を悪くなされるかもしれませんが、ご質問させていただきます

 貴女はこのエルフの少女と同じ方角から参られたとお見受けします

 つい数刻前に観測された、紫の霧の被害範囲圏内からでございます

 なにゆえ貴女方はこうして無事であらせられるのでしょうか?

 あの場所で一体何が起こったのか、何卒お聞かせ願いたく存じます」


イルミナはこれまでの経緯を意気揚々と語ろうとしたが、

真実を話せば自分が石の魔女だということがバレてしまう。

テンションに任せて出てきてしまったので、嘘は用意していない。


彼女は自らの愚行によって追い詰められた。


「……騎士の皆さん!

 騙されてはなりません!

 あの女……王妃こそが石の魔女です!」


そして、思いがけない反撃を食らってしまった。


同じく追い詰められているはずの嘘つきが、

事もあろうに真実を武器にしてきたのだ。


「この無礼者がっ!!

 王妃殿下を魔女呼ばわりとは、

 いかに異国の者といえども許し難き発言であるぞ!!

 それに貴様、先程は竜人のアリサという者が魔女だと言ったであろう!!」


イルミナからすれば帝国騎士も異国の民だが、彼らはこちらの味方らしい。

当然だ。一国の王妃と底辺の職業、どちらを信じるべきか選ぶまでもない。


「王家の別荘、その地下にある隠し通路を調べてください!

 あの忌まわしき呪いの術式を記した写本があるはずです!

 わたしは脅迫され、古代の魔法を翻訳させられた被害者なんです!」


またしても反撃が来てしまった。


そして図星だった。

脅迫の部分は嘘だが、写本の存在は真実だ。

あれが見つかってしまえば、もう完全に誤魔化せない。


そして、イルミナは最大のミスを犯した。



「ウオアアアァァァァ!!!」



その手に紫の魔力を集め、帝国騎士たちに向けて勢いよく振り払う。

しかしそれは霧というより煙で、石化できたのは近くにいた団長だけだった。


魔法隠しの幻術は使わず、その紫の煙は全員に見えていた。

いや、そうではない。幻術を使えなかった。


イルミナはガス欠だった。


迷宮の入り口で魔力を使い果たしていた。


隠れていればよかったのに、疑われていなかったのに、

何を言われようと平静を装っていればよかったのに、

大勢が見ている前で禁術を使わなければよかったのに、


イルミナは我慢を知らない女だった。




帝国騎士たちは石になった団長を目の当たりにし、

捕らえるべき対象を怪しいエルフから、本性を現した魔女へと切り替えた。


円状の人垣を作り、ジリジリと距離を詰めてくる帝国騎士たち。

一斉に近づいてこないのは、魔女に力が残されていない事実を知らないからだ。


「騎士の皆さん!

 安心してください!

 その女にはもう魔力がありません!

 さっきので完全に使い切りましたよ!」


エルフの言葉を信用してもいいのか判断に迷うが、

どっちみち魔女を捕まえなければならないのだ。


彼らが覚悟を決めたのを気取(けど)り、イルミナは観念し、空を見上げた。



「王妃様〜〜〜っ!!

 今お助けいたします!!」



彼女の悪運はまだ尽きていなかった。

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