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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『石の魔女』編
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嵐に吹く2

イルミナは不思議な現象に見舞われた。


今しがたミルデオン城で禁術を発動したかと思えば、

次の瞬間には別荘の寝室で仰向けになっていた。

軽い眩暈を起こした後に部屋をぐるりと見渡すと、

そこには白髪(はくはつ)の紳士が涙を流しながら立っていた。

初めて見る顔だが、彼女には男の正体がすぐにわかった。


国王陛下(あなた)、その白髪は一体どうなされたのですか?

 それに、わたくしは晩餐会の席にいたはずです

 アンディとフレデリカは無事なのですか?」


どうも妻には石化していた頃の記憶が無いようだ。

そんな彼女に対し、国王は涙交じりに状況を説明した。


あの夜、城内にいた約8000人が石にされたこと。

それから10年の時が経ち、試薬が出来上がったこと。

貴重な素材を使って作られたそれにより、

最初の復活者となったのが彼女であること。


国民を安心させようと魔女の仕業だとでっち上げ、

さも自分がそれを討伐したかのように吹聴したこと。


王子アンディは石にされた人たちを救おうと魔術の勉強に励み、

遥か東の大陸にある名門校に留学中であること。


王女フレデリカは先月に社交界デビューを果たし、

名だたる貴族の息子たちが彼女を巡って対立していること。


王妃イルミナは、笑った。


邪悪なハーフエルフに騙されて国民もろとも自分も石になり、

10年もの時間を無駄にし、子供の成長を見守ることができなかった。

そしてこの事件が魔女の仕業であることは紛れもない事実だ。

なにせ、その石の魔女というのは自分自身なのだから。


イルミナは自棄酒(やけざけ)(あお)りながら自らの行いを洗いざらい白状し、

真実を知った国王は青ざめ、膝を突き、絨毯の模様を見つめた。


最愛の妻が魔女だったなんて信じたくはない。

が、辻褄は合う。合ってしまうのだ。

従者の報告で魔術書を買い漁っていたのは知っているし、

事件の前には怪しげなハーフエルフと取引をしていたようだ。


国王は決心した。


「そのハーフエルフが魔女だということにしよう」






──それから数ヶ月、世間には石化解除薬が完成したことや

王妃が復活した事実を伏せ、(くだん)のハーフエルフに関する情報を集めた。


名前はサロメ。

冒険者登録をする上での種族はエルフとなっており、

自称するハーフエルフというのは特例個体を指す言葉のようだ。

生年月日からすると15歳だが、自己申告なのでいくらでも誤魔化せる。


エルフの里で確認したところ、確かに彼女はハーフエルフではあるが、

他の若者と同じく都会に憧れ、つい最近、里を飛び出したという話だ。

又、秘宝を無断で持ち出すような子ではないと全員が庇っていた。


そもそも禁断の書なんて物は何百年も昔に他の里で紛失したとされており、

当時を知る長老も近年は記憶が曖昧で、会話が成立しないレベルだった。

そんな書物は最初から存在しないのではないかとの風潮が蔓延っている。


まあ、どうせ全部嘘に決まっている。

彼らは同族の秘宝が盗まれたことを恥に思っており、

その事実を外部に知られないよう隠しておきたいのだ。


国王は使者からの報告を、そう受け取った。




その後、石化解除薬が完成したという噂が広まるやいなや、

高額な材料を求めて多くの冒険者が石の迷宮に押し寄せた。


彼らは当初、大量に降り注ぐストーンスライムに苦戦していたが、

魔法攻撃が有効だと判明すると深層までは一気に進むことができた。

だがその先でただ突っ走るだけの魔物1匹を倒せないという体たらくを見せ、

累計1000組以上の冒険者パーティーが素材回収を諦め、引き上げていった。


サロメもその中の1人だった。


隣の大男が申し訳なさそうに話しかける。


「ニック、サロメ

 こんなことになっちまって本当にすまねえ

 体の頑丈さだけは自信あったんだがなあ……」


見ればその大男、オークのブレイズは足を引きずっており、

ストーンビーストの突進に耐え切れず、骨が折れてしまったらしい。


「へへ、気にすんなよ!

 それよりさっさと町に戻って、

 ちゃんとした医者に診せねえとな!」


帰り道にて、ゴブリンのニックが励ましの言葉をかけた。

そして向こうから顔見知りの冒険者が歩いてくるのに気づき、

肩に乗ったブレイズの手を振り払い、挨拶に行ってしまった。

ブレイズはバランスを崩しそうになるが、サロメの支えにより持ち堪えた。


「ちょっとニック!

 いきなり放さないでよ!

 彼は足を怪我してるのよ!」


「おっと悪りいな、お二人さん!

 つい、うっかりしてたぜ!」


ニックは叱られてもケロッとした態度で、まるで反省を感じられない。

サロメは更に不満を募らせるが、温厚なブレイズが宥めてその場を収めた。


「……そういえば俺を運ぶために邪魔な荷物を置いてきたんだよな?

 食料とかはともかく、貴重品はちゃんと持ってきたんだろうな?」


「だから心配すんなって!

 財布ならこの通り、リーダーの俺が持ってるぜ!」


見せびらかされた財布の中身を確認してひとまず安心したが、

サロメが慌てた様子で全身のポケットをまさぐっている。


「どうしよう、免許証を置いてきちゃったみたい……」


冒険者免許。

それは冒険者としての活動を許されたという証であり、

言うまでもなく身分証明書としての意味を持つ文書である。


名前、種族、性別、生年月日、出身地などの基本情報から

現在の活動ランクや主だった経歴などが細やかに記載されており、

これを再発行しようとすると、調査のために膨大な時間がかかる。


「それはまずいな……

 俺はもう1人で町まで戻れるから、

 お前らは早くキャンプに向かった方がいい

 アリサたちと合流できれば、一時的に前衛を任せられるだろう」


ブレイズは現実的な提案を申し出たが、ニックは否定した。


「あいつらに期待すんのはやめとけって!

 あの黒髪の女が加入して以来、

 金への執着がますます酷くなったからな!

 いくら要求されるか、わかったもんじゃねえ!」


そして、サロメは判断を見誤った。


「あの子たちがどうかはともかく、

 今はまずブレイズの手当てが先でしょ?

 それに、私以外に女エルフなんて1人しかいなかったし、

 悪用しようとしてもすぐにバレるのが関の山よ」


こうして本物のサロメたちは迷宮を去った。

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