はじまり2
今回の狩りの対象、通称ストーンビースト。
その魔物は冒険者に対して攻撃を仕掛けたというより、
ただ進路上の邪魔者を突き飛ばしているに過ぎなかった。
見える範囲だけでも3組のパーティーが壊滅しており、
まだ動ける者が瀕死の仲間をおぶさって撤退を急いだ。
それは四足歩行だが成人男性の背丈よりも高く、もはや岩の獣であった。
巨大なウシのようにも見え、鳴き声はヤギそのものだった。
柱のように太い脚は休むことなく地面を踏み鳴らし、
冒険者たちは近づくことさえできなかった。
「ずおらあぁぁっ!!」
そんな巨獣の猛進を妨げる少女が一人。
アリサは真正面から獲物に飛びつき、
首を抱え込もうとしたが太すぎて手が回らず、
咄嗟の判断で首は諦め、前脚にしがみついて踏ん張り抜いた。
彼女の両足と尻尾が石の床を抉り、3本の轍が描かれる。
大きさも重さも敵わないが、アリサには圧倒的な怪力があった。
獣人や鬼人をも凌駕するその身体能力は同族の中でも異質で、
本来、竜人という種族は魔力や知力の高さが特徴なのだが、
彼女にはそのどちらの才能も無かった。
その代わりに授かったものなのかもしれない。
やがて2頭の怪獣による力比べは決着し、
ストーンビーストは大人しくなった。
……かと思いきや、首を上下左右に激しく振り始め、
進行を妨げる者を排除しようとその場で暴れ狂った。
「うおあああっ!?
暴れんじゃねえヤギ野郎!!
……おい、コノハ急げ!!
やるなら今のうちだぞ!!」
取り押さえるアリサの背後から、コノハがおそるおそる手を伸ばす。
「解析開始──!」
コノハは片目を覆い隠し、余った方をカッと見開いた。
べつにそのアクションを取らなくても能力を発動できるが、
本人はかっこいいと思ってそうしているのだ。
それは対象の魔力構成を調べるだけの一見地味な能力だが、
他の冒険者たちが知り得ない情報をお手軽に入手できるので
戦闘の効率化や、魔法道具を鑑定したりと活躍の機会は多い。
対象に触れる必要があるのが少々煩わしい。
「──解析完了っと!
お腹の中に強い魔力反応があって、
たぶんそれが石の薔薇なんだと思う
魔法に弱い敵だけど、素材はもっと弱いみたい
どおりでレアアイテムなわけだ」
これこそが解析能力の大きな利点だ。
大雑把な情報からでも攻略のヒントを導き出せる。
普通、弱点が判明したらそこを突けば楽に勝てる。
実際に他の冒険者たちはみんなそうしている。
だからいつまで経っても貴重な素材を入手できないのだ。
お宝が欲しくば、この獲物に魔法で攻撃してはならない。
「いいぞ、お嬢ちゃん!
そのまま押さえといてくれ!
今すぐ魔法で倒してやるからな!」
見学していた年配冒険者が割り込もうとしてきた。
善意からの行動なのだろうが、魔法で倒されたら儲けが出ない。
その情報を教えたくもない。ライバルは少ない方がいい。
「……アリサ、いったん逃がしちゃおう
追跡能力でそいつの位置は把握できるから、
あとで他の冒険者が見てない所で討てばいいよ」
「チッ、しゃあねえな……
ぅおおっと!! こりゃまずい!!
これ以上は押さえてらんねえ〜〜!!」
アリサは大袈裟な演技でストーンビーストを手放し、
自由を得た巨獣はそのまま走り去ってしまった。
「あーあーあー!
逃げちゃったじゃないの!
せっかくのチャンスだったのに……
もうちょっとだけ我慢できなかったの!?」
「あぁん!?
あんだとおっさんてめえ……
か弱き乙女に何を期待してんだよ
文句垂れてっとぶっ飛ばすぞコラ?」
年配冒険者はアリサの凄みにたじろぎ、口をつぐんだ。
少女たちは一つ前の階層へと引き返し、キャンプの集合地で休憩を取った。
そこは複数のパーティーが連携して作り上げた安全地帯で、
皆ライバルだとしても喧嘩は御法度という暗黙の了解が存在した。
所属先に関わらず怪我人がいれば手当てし、酒を飲み交わし、
物資や情報を売り買いしたり、人員の交換なども行われる。
このような即席の共同体はあらゆる冒険活動の現場で見受けられ、
中にはキャンプ利用料を搾り取って生計を立てる輩もいるようだ。
「……あ、おじさん!
さっきはあたしの仲間がごめんね!
あの子、気が短くて乱暴なとこもあるけど、
頭が悪くて自分の欲望に正直なんだ!」
「全然フォローになってないと思うけど……
安心しなさい、おじさんは怒ってないよ
そう伝えといてもらえるかな?」
「うん、わかった!」
猫耳の少女が尻尾を踊らせながら仲間の元へと向かう。
パーティーの良心とも言える存在、ユッカ。
攻撃的なアリサ、人見知りのコノハとは違い社交的で、
どんな相手でも物怖じせずに接することができる。
貴族のような格式ばった礼儀作法こそ身につけてはいないが、
「ありがとう」「ごめんなさい」がちゃんと言える、対人関係の調整役だ。
戦闘では回避盾としての役割を担っているが、それはあまり重要ではない。
その純真無垢な姿に気を許す者は多く、
隙を見せれば財布が無くなるなんてことがよくある。
先程の年配冒険者のガードは固く、盗るチャンスは無かった。
テントではコノハが地図を広げて順路を描き込んでいた。
彼女は今、体を休めつつも獲物の足取りを追っているのだ。
解析能力と同様に対象との接触を要するが、
一度発動してしまえばどこまでも追跡することができる。
「何周か追ってみたけど、どうやらこの魔物は
ただ固定ルートをぐるぐる回ってるだけみたい
どこで倒すかなんだけど……この場所がいいと思う
カーブが連続してるからスピードが落ちて捕まえやすいし、
壁が死角になって他の冒険者パーティーからは見えないはず
もし誰かが張ってるようなら、その時は別の場所に移動しよう」
コノハが地図の北東を指差しながら作戦を伝えるが、
他2人は話半分に聞いていた。
とりあえずリーダーについて行き、現地で戦えばいいだけだ。