託されし者5
「おお〜〜〜い!!
誰かいんのかーー!?
出てこーーーい!!」
アリサは叫んだ。
ついこの間もこの場所で同じように叫んだが、
あの時とは違う心境だった。
誰もいなくなった町で子供が1人、彷徨っているのだ。
どれだけ心細いことか。
ギルドや酒場にも向かっていたのだ。
きっと大人を探していたに違いない。
アリサはまだ大人と言える年齢ではないが、
あの足跡よりはサイズが大きい。
見つけてどうするかはまだ決めていないが、
まずは仲間がいることを伝えてやりたい。
その一心だった。
「お前が冒険者のアリサか?」
「んなあぁぁっ!?」
突然声をかけられ、変な声を出してしまった。
出てこいとは言ったが、こんなにあっさりと……いや、出てきていない。
声のした方向を見ても、全方位を見渡してみても人影は無い。
それに子供の声ではなかった。おそらく大人の女性だろう。
「どこにいんだよ!?
ふざけてないで姿見せろよ!!」
「驚かせてすまない
ふざけているわけではないんだ
少しだけ待ってくれ……」
声のした方向に目を凝らすと、何かがモゾモゾと動いているのが見えた。
なんと言えばいいのか、人の輪郭のようなものがうっすらと見えるのだ。
そしてその輪郭の中身は徐々に色をつけてゆき、
パメラとどこか似た印象を持つ女性がその場に現れた。
「え、なんだよそれ……魔法か……?」
「いや、魔法ではない
私はリザードマンの亜種でな、
擬態の能力で背景に溶け込むことができるのだ
……いや、今そんな話はどうでもいいな
私の名はセシル 親衛騎士団の副団長だ」
リザードマンの騎士、どうりで似ているわけだ。
しかし今は彼女よりも優先したいことがあった。
「なあ、ここに子供が来たはずなんだ!
どっかで見てねえか!?」
「子供?
ああ、それはきっと勘違いだ
お前はあの足跡を見てそう判断したのだろうが、
孤独に怯える子供などいないから安心してくれ
……おい、カチュア! 出てこい!」
セシルが声を上げると、柱の陰から獣人の女の子が顔を覗かせた。
「やっぱいたじゃねえか!
怯える子供がよぉ!」
子供呼ばわりされた女の子は頬を膨らませてアリサを睨みつけ、
踵を返してトコトコと走り去ってしまった。
「……すまないな、あいつは警戒心が強いんだ
幼く見えるだろうが、それは鼠人という種族の特徴だ
れっきとした親衛騎士団の一員で、情報収集が得意なんだ」
なんとなくユッカの姿と重なる。
きっとあの2人は気が合うだろう。
「そうか…………
なあ、他にも無事だった奴いんのか?
もうオレしか残ってないと思ってたぜ!」
「無事が判明している者は、あと2人だ
そのうちの1人は救援要請のために大陸の外へ向かわせた
残るもう1人を紹介しよう 私についてきてくれ」
アリサは、返事を待たずに早歩きを始めるセシルの後に続いた。
中庭の女神像を向かい合わせると隠し扉が出現し、
その先は長い螺旋回廊へと続いていた。
下からは常に魔力の風が吹き上がってくる。
城壁に沿って張られた結界の風よりも遥かに強い。
気を抜けば飛ばされてしまいそうな感覚に陥る。
この風のおかげで呪いの霧を防げたのだろう。
螺旋構造が魔力の渦を作り出して竜巻を生み出すとか解説されたが、
そういう魔術理論的な話はまだアリサには理解できなかった。
ただ、これと似た魔法はつい最近見たばかりだ。
回廊の終着点に扉が一つ。
部屋の中は綺麗に整頓されており、居住スペースとしては悪くない。
隅っこでは先程の鼠人がこちらを睨んでおり、
それよりも目を引いたのは中央の円卓で立ち上がった人物だ。
その少女はまるでどこかの国のお姫様といった出立ちだった。
煌びやかな宝石が散りばめられたティアラ、
たくさんのフリルとリボンで彩られたドレス、
まっすぐ整った髪、まだ幼さが残るも端正な顔立ち、
一目で蛇人種族だとわかる蛇の下半身。
「お初にお目にかかります、アリサ様
わたくしはミルドール王国の王女フレデリカと申します」
紛れもなく王女。お姫様。
絵本の中の住人。お金持ち。
住む世界が正反対の存在。
それが今、目の前にいる。
どう反応するべきか戸惑うアリサを見兼ね、
セシルは簡単に状況を説明した。
「我々に与えられた任務は魔女の正体に関する情報収集だが、
同時に王女殿下をお守りするという任務も託されていたのだ
そして、この地下室こそが魔女討伐の作戦本部だ
団長に代わり、副団長の私がこの場を仕切っている」
「魔女討伐……って、おめえら本気か?
一瞬で町一つ全滅させちまう奴だぞ?
そっちの戦力は騎士が2人、いや3人だったか
どう足掻いても勝てっこねえよ」
「いいえ、アリサ様
3人だけではありません」
フレデリカ王女が瞳をキラキラと輝かせて見つめてくる。
「え……おいおい、何考えてんだ?
まさか姫さんも戦おうってか?」
「「「 えっ!? 」」」
見当違いな発言に驚く一同。
その発想は無かったようだ。
鼠人のカチュアが丸椅子に乗り上げ、その間違いを正した。
「この馬鹿者!
姫様に危険な真似をさせるわけがないだろう!
魔女と戦うのは貴様だ!
貴様には魔女の呪いが効かないのだろう!」
「はあっ!?
オレえぇぇ!?」
アリサはよくわからないうちに希望を託されていた。