託されし者2
サロメはミスを犯した。
穴だらけの地面、燃える木箱や洗濯物、
民家の壁に突き刺さる男たち。
そこまでやらかして、魔力が全回復していないことを思い出したのだ。
「こっ、これは違うんです……!
さっきのはただの誤解なんです!
わたしは善良な冒険者なんです!」
「嘘をつくな、この魔女め!!
善良な冒険者がこのようなことをするわけがなかろう!!
我らは王国からの要請に応じ、こうして救援に馳せ参じたのだぞ!!」
ハルドモルド帝国騎士団。
なぜ彼らがミルドール王国の危機に駆け付けるのだろう。
たしかこの2つの国は300年も戦争していた敵国同士のはずだ。
ははーん、さてはこの混乱に乗じて王国を乗っ取る気だな?
……などと邪推している場合ではない。
彼らの先遣隊をあの欠陥竜人たちの仲間だと思い込み、
奇襲に成功したかと思いきや、後から追いついた本隊に囲まれたのだ。
慎重で頭の良いこのわたしがこんな失態を犯すなんて。
きっとあの劣等竜人から食らった技のせいだ。
倒れた拍子に頭をぶつけて判断力が鈍ったのだ。
そうに違いない。絶対にそうだ。絶対に許せない。
……ああ、そうだ。
「わたしはそちらの方々を魔女アリサの追手だと思ってしまったのです!
あの邪悪な竜人は人心を操り、騎士や兵士を嗾けてきました!
わたしは王国の民を守るため必死に抵抗しましたが、
奮闘虚しく敗北して逃亡中の身なのです!」
……どうだ?
「魔女アリサ……だと?」
……よし。
「此度の異変が起きたのは、
彼女がこの大陸に現れた数日後でございます!
わたしはそれより早くに上陸し、王国の皆様のために
石化解除薬の材料を得ようと邁進しておりました!
ギルドなり港なりに記録が残っているはずです!」
「むぅ……」
急に押し黙って考え込む騎士のおっさん。
いいぞ〜、これはいい兆候だ。
「……どうやらこの場で判断できる話ではなさそうだな
よかろう、そのアリサとやらについては調査しよう
さりとて、貴様の疑いが晴れたわけではない
しばしの間、その身柄を預からせてもらうぞ」
よし、乗り切った……!
たとえ牢屋にぶち込まれようが、魔力さえ回復すれば脱獄は可能……!
今回は荒稼ぎに失敗したけど、次は成功させればいい。
もうこんなクソ大陸とはさっさとおさらばしたい。
「おい、例の物でこの娘を縛り上げろ!」
……ん?
「あの、ちょっと待ってください
わたし縛られるのはその、ちょっと、趣味じゃないというか……」
サロメはミスを犯した。
「鍛え上げられた帝国騎士を手玉に取るほどの魔法使いだ
貴様が石の魔女なのかどうかはまだわからんが、
危険人物であることには変わりない
よって、“魔封じの縄”で拘束するのが道理であろう」
それは見覚えのある縄だった。
「ちょ……ちょっと待ってください!
魔法を使えなくなると本当に困るんです!
わたしは魔法使いなんですよ!?
魔法を使えない魔法使いって、一体なんなんですかねえ!?
……大体、その魔封じの縄って一体なんなんですかねえ!?」
石の迷宮にて、両手両足を縛られた縄だ。
あれのせいで魔法を使えず、絶体絶命の危機に陥ったのだ。
解放されるのがあと一歩遅かったら、自分も石にされていただろう。
「名前の通り、魔法使いを困らせる道具だ
そうでなくてはこちらが困る
この大陸には魔女の脅威に晒された過去があるのだ
このような魔法道具が開発されるのは必然であろう」
くっ……そおおおおぉぉぉぉ!!!!
──ミルドール王国、ミルデオン城にて。
アリサは本に目を通していた。
なんと書いてあるかはわからない。
とにかく読める本を探していた。
読めるようになるための本を探していた。
文字は少ない方がいい。
でも、文字しか書いてないやつはダメだ。
子供向けの、絵が描いてあるやつがいい。
できれば文字表が載ってるやつがいい。
今までろくに読み書きができなかったとはいえ、
自分の名前は冒険者登録の際に書かされて覚えている。
ユッカとコノハの字も何度か目にしたことがある。
宿屋、酒場、ギルドなどの看板は大体どこも似たようなものだ。
アリサにはもっと文字を覚える必要があった。
石の迷宮から出た直後、魔女の攻撃を受けたあの時、
フィンはいち早く状況を察して地図に何かを書き入れ、
あらかたの荷物と共にその場へ放り捨てた。
彼は自分が石にされることをわかっていたのだ。
だからこそ限られた時間の中で最善策を模索し、
呪いにかからないアリサに希望を託したのだ。
彼は文章を書き残したわけではなく、
あらかじめ書かれていた文字列を赤色の筆で囲っただけだ。
きっと重要な情報に違いない。
幸い、短い単語のようで頑張れば解読できそうだった。
そして悪戦苦闘すること半日、アリサはついに解読に成功した。
「なんだこりゃ……間違えたか……?
『左手法』ってどういう意味だよ……
あれ、でもなんか見覚えがあるような……?」
1冊の本を拾い上げる。
タイトルは『迷路入門』。
たくさん絵は描いてあったが、
文字の習得には向かないと思って放置した本だ。
その中に記されていた『左手法』のページを開き、
これもまた半日の時間を費やし、その概要を理解した。
『左手法』……左手を壁につけたまま前進し続ければ、
いつかはゴールに辿り着けるという有名な方法だ。
全ての迷路をそれで攻略できるわけではないが、
石の迷宮には通用することをフィンは知らせたかったのだ。
これで地図の読めないアリサでも単独で深層へ向かえる。
石化解除薬の材料を回収することができる。
仲間を助けられる。