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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『姉妹戦争』編
149/150

伝説

経済大国ベシカには楕円形などの奇抜なデザインをした建造物が建ち並び、

半透明なチューブ道路の中を空飛ぶ自動車が駆け巡っていた。

街行く人々はパステルカラーの全身タイツを着こなし、

至る所で自動清掃ロボットがせっせと己の職務を全うしている。


レトロフューチャー。

誰かが思い描いた未来の姿がそこにはあった。


「いっけな〜い! 遅刻遅刻!」


彼女は私の後輩で、ベシカ報道局に勤めて2年目になる若手社員だ。

時刻は正午をとうに過ぎているが、問題はそこではない。


「やっと来たのか……

 いいか、遅刻なんてもんじゃないぞ?

 1週間も無断欠勤しておいて平然としていられるなんて、

 君の精神構造は一体どうなっているんだ!?」


「えへへ〜、すいませーん

 ちゃんと先輩の分のお土産も買ってあるんで許してくださいよ〜」


「お土産……だと?

 なんだこれは……ギャリーランド産のチョコレート……?

 まさか君はこの1週間、仕事を放っぽり出して観光旅行していたのか!?」


まったく、空いた口が塞がらない。

彼女がコネで入社したという事実は知っているが、

それにしても仕事に対する熱意どころか、

社会人としての常識が著しく欠如している。


「班長、流石にこれはあまりにも酷すぎます

 なんとか言ってやってくださいよ あなたの姪御さんでしょう?

 少し甘やかしすぎなんじゃないですか?

 我々が迷惑を被るだけでなく、彼女のためにもなりませんよ」


「ははは、いいじゃないか 大目に見てやれ

 誰だって気分をリフレッシュしたい時はあるだろ?

 それにギャリーランド産のチョコレートは格別だぞ?」


「班長! いい加減にしてください!

 大体、班長なんて役職は平社員とほとんど大差無いでしょう!

 いつまでも彼女の問題行動を庇い切れるとは到底思えませんよ!」


「おっと、上司に対してそんな口を聞いていいと思っているのかね?

 私の叔父は係長なんだがね……?」


くそ、この人もコネ入社だった。




──数日後。


「君たち、ちょっといいかね?」


「はい、なんでしょう?」


「君たちはミルドール島に行ってみたいと思ったことはあるかね?」


「急に何を言い出すかと思えば……

 あの島は世界一危険な地域として有名です

 火山活動の影響で常に有毒ガスが充満しているらしいじゃないですか

 近隣の島々が特別自治区と指定して以来、民間人の立ち入りは禁止されています

 そんな島に行きたいと思うのは自殺志願者くらいなものですよ

 私は絶対に行きたくありませんね」


「え、ミルドール島ってたしか魔女物語の舞台になった所ですよね!?

 こないだの旅行でガイドさんから聞きました!

 あたし、あのおとぎ話好きなんですよ〜

 行けるものなら行ってみたいけど、でも有毒ガスはちょっとな〜……」


なんだろう、嫌な予感がする。


「実は、そのミルドール島の住民からコンタクトを取ってきたんだよ

 長きに渡り外界との接触を断絶してきた謎の民族からの取材依頼……

 これは滅多に無い大スクープになるとは思わんかね?

 そこで是非、君たちには──」


「いや、ちょっと待ってください!

 そんな危険な場所に行くつもりはありませんよ!

 私は仕事よりも命を優先しますからね!?」


「ミルドール島に行けるの!?

 やったー! おじさんありがとー!」


「よし、決定だな!」


くそ、くそ、くそ……っ!!






──その島はかつて“呪われた地”とも呼ばれていたらしく、

地表の大半が石に覆われ、植物が育ちにくい土壌だと聞いている。

そして火山から溢れ出る有毒ガスにより人の住める環境ではない。

衛生写真を見る限りはそのような山々は見当たらないのだが、

有識者たちがそう言うのなら、きっとそうなのだろう。


そう思われていた。


ミルドール島に着陸した我々を出迎えたのは、

モンジローという聞き慣れない名前をした初老の男性であった。

彼はガスマスクをしておらず、ニコニコと笑顔を絶やさなかった。

この島の住民には有害物質に対する耐性でもあるのだろうか。


「ああ、ガスマスクは外して大丈夫ですよ

 有毒ガス云々はここに部外者を近づけさせないための方便なんで」


私はその言葉を鵜呑みにしてもいいのかどうか迷ったが、

同伴者はあっさりとガスマスクを取り払って「ぷはーっ」と息を吐いた。

彼女は問題児ではあるが、その素直な性格は少し羨ましくもある。

それはさておき、モンジロー氏に案内された我々は信じ難い光景を目にした。


そこには町があった。

ただの町ではない。

彼らは黒電話を持ち歩き、いつでもどこでも通信が可能だった。

驚いたのはその通信技術だけではない。

公園では子供たちが小さなフルカラーテレビを取り囲んでおり、

なんと1つの画面で2人同時に電子遊戯を楽しんでいるではないか。


我々は絶句するしかなかった。

この島の住民はもっと前時代的な暮らしをしているのだと思い込んでいたが、

彼らは都市部に住む我々よりも遥かに高度な文明の中に生きていたのである。


「せっかくミルドール島にお越しいただいたんですし、

 お2人には是非、食べてもらいたい物があるんですよ」


我々に断るという選択肢は無かった。

ただただ文明の格差に圧倒されていた我々は、

彼の行きつけだという定食屋へと足を運んだ。

これは期待が弾む。

どれだけ豪勢な料理を振る舞ってくれるというのだろうか。


「え〜、ウナギですか!?

 そんなの貧乏人の食べ物じゃないですか〜!

 あたし、もう食べ飽きちゃいましたよ〜!」


彼女の芸風は理解できないが、実は私も同感だった。

ウナギなんて世界中どこにでもありふれた食材であり、

他に何も食べる物が無い時に腹を満たす手段でしかない。


だが、その考えは一瞬にして覆された。


私は感動のあまり涙を流していた。

いや、悔しくて泣いたのかもしれない。

我々が今まで食していたウナギは、甘いスポンジだ。

この“ミルドールウナギ”は全くの別物だと断言できる。

味、食感、栄養価……とにかく何もかもが違うのだ。

一口食べればもう元には戻れない。

これを特産品として売り込めば、世界的な大ヒット商品になるだろう。


2皿目を食す我々に、モンジロー氏は語った。


「あなたがたをこの島に呼んだのには訳があります

 これから行われる祭りの一部始終を記録してほしいのですよ

 地元住民が撮影した映像ではどうしても信憑性に欠けますからね

 第三者の視点が必要だと思っての判断だとご理解ください」


「祭り……ですか?」


「ええ、“復活祭”です」

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