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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『姉妹戦争』編
148/150

光の差す方へ2

この見捨てられた大陸に一筋の光が差し込んだ。


人々はそれを希望と呼んだ。


彼女は約束を守り、この呪われた地に再び足を踏み入れてくれた。

錬金術における至高の素材、“千年竜の角”を携えて。



英雄の凱旋──




アリサが帰ってきたのだ。




冒険者仲間のユッカ、コノハ、ローズが一緒にいるのは当然として、

アル・ジュカの英雄シバタまでこのミルドール王国へと戻ってきたのだ。




これで救われる。


ようやく絶望の日々から解放される。


国民の笑顔を見たのはいつ以来だろうか。

気がつけばセシルも自然と頬が緩んでいた。



「悪りいが、こいつじゃ救えねえんだ」



喜びも束の間、その非情な発言にセシルは口を大きく開けて固まった。


アリサがまたこの王国を救ってくれる。

自分たちにはできなかったことを実現してくれる。

セシルの中にはそんな都合の良い思考……甘えがあった。


だが、ミルドールの英雄はそれをきっぱりと否定したのだ。


「オレたちが散々苦労して手に入れたこの“千年竜の角”だけどよ……

 どうも腐っちまってるみたいなんだわ

 ドラゴンの本体と切り離されてから時間が経ちすぎたせいらしいぜ?

 さっさと錬金素材として使っちまえばよかったものを、

 ベシカの連中は長い間、大事に保管しすぎちまったんだ」


「そんな……

 それじゃあ、お前たちの旅は無駄だったということか……!?

 私たちは一体、なんのためにお前の帰りを待ち続けたんだ……!!」


セシルは拳を固め、机を叩いた。


気まずい沈黙が流れる。


無理もない。絶望的な状況でもめげずに辛抱し、

ようやく希望が見えたと思った矢先、この仕打ちはあまりにも(むご)い。



だが、彼女は短い深呼吸を終えると再び騎士団長の顔に戻っていた。


「……すまない、つい感情的になってしまったな

 お前たちがこの国のために努力してくれたことには感謝している

 それに、見捨てるつもりなら戻らなかったはずだとも理解している

 何か考えがあるのだろう? 聞かせてくれ」


アリサは少し驚いた。


今のセシルは昔とはまるで違う。

パメラの口調を真似していただけのあの頃とは完全に別人だ。

彼女はその立派な肩書きに恥じぬ存在となったのだ。


「ああ、聞かせてやるよ

 オレたちの旅が完全に無駄だったわけじゃねえってことをさ」






──それから三日三晩、彼女たちはとことん話し合った。

アリサたちが外の世界でどんな冒険をしてきたかの報告会だけでなく、

リュータローが残した手紙に書かれていた内容についても議論を重ね、

ミルドール王国、ひいては大陸全土の国々の行く末にとって

最善とも言える結論を導き出したのだ。


ミルドールの英雄が帰還した件は既に大陸中に伝わっており、

生存者たちはアリサの姿を一目だけでも拝もうと王国に押し寄せていた。

ミルデオン城の周りにはかつてない人だかりが出来上がっている。

これから重大発表を行うにあたり、とても都合が良い。


国王は軽く咳払いをした後、民衆に告げた。



「諸君、我々はこれより──


 この“呪われた地”から、1人残らず撤退する──!!」



大陸中の頭脳が集結して最終的に導き出した答えは──撤退。

現状、この地を救う手立ては何も無いと結論づけたのだ。


フレデリカが放った滅びの光によって石化された人々は、

これまでの治療薬で元に戻すことは不可能なのだ。

そもそも旧治療薬の量産さえ諦めるしかない状況であり、

単純に素材回収を行えるだけの人手が足りないし、

石の迷宮に魔力を供給できる唯一の存在は寿命が迫っている。


完全に手詰まりの状態だと公式に発表されたのである。



「くっそおおおお!!

 俺たちはこんなクソ国に残されたってのかよおおおお!!

 よくも騙しやがったなああああ!! こんにゃろおおおお!!」


1人の男が地団駄を踏みながら声を荒げた。

元銀騎士団員の無職老人、ロイドだ。

誰も残ってくれなんて頼んでいないが、彼は自らの意志で居座っていた。


彼の魂の叫びに感化された他の無職老人たちも喚き始めた。

その光景はまるで、呪い。フレデリカの“千の瞳”が脳裏をよぎる。


「いつまでもこんな国に住んでられるか!! 俺は出ていくぞ!!」

「俺たちがいなくなって精々後悔しろよ、若造どもが!!」

「そうだそうだ!!」「若造!! 若造!!」


彼らは手際良く荷物をまとめながら散々喚き散らし、

言いたいことを全部吐き出した後、さっさと王国を去っていった。



どうしてもっと早くそうしてくれなかったのだろう。



残された若者たちは同じ疑問を抱き、そして同じ安心感も得られた。



これでようやく平和が訪れる、と。

あの迷惑な集団がいなくなったのなら状況が良くなる、と。



「さて、諸君──」


一同は一斉に声のする方向に振り向いた。

彼らは皆、勘違いしていた。

国王の重大発表はまだ終わっていなかったのだ。


「“撤退”と言っても、ただの撤退ではない……

 これは言わば、“戦略的撤退”だ!!

 この王国を……いや、この大陸を見捨てようという話では、断じてない!!」



光。



国王の瞳には光が映っていた。



希望の光が。



つい先日まで最愛の妻を失ってしまうという絶望に包まれていた国王が、

その彼が今、希望の光を瞳に宿して演説しているのである。




若者たちは疑わなかった。



彼らはその時に感じた、確かな直感を信じて進んだのだ。




未来へと──。

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