光の差す方へ1
──あれから2年が過ぎた。
あの時リュータローが予想した通り、
地下などの暗所にいた者たちは滅びの光の被害を受けずに済んだ。
彼らは幸運だったが、それを喜んだ者は1人もいない。
春が訪れたというのに人々の表情は暗いままだ。
「陛下、申し訳ございません
もうこれ以上は……その……」
兵士の青年が言葉を詰まらせる。
心配そうに見守っているのは彼の妻子だろうか。
国王は玉座から立ち上がり、青年の肩に手を置いた。
「よい、皆まで言うな
お主は今日まで王国復興のためによく働いてくれた
これからは家族の生活を第一に考え、新天地で幸せに暮らすがいい」
青年は国王の寛大な態度に心打たれ、深々と頭を下げて涙を溢した。
「……他にも大陸を脱出したいという若者がいれば名乗り出よ
ここを去ったからといって、わしは決してその者らを恨みはしない
むしろお主らには外の世界で希望と共に生きてほしいと願っておる
この“呪われた地”に残るのは、わしらのような年寄りだけで充分じゃ」
“呪われた地”……この大陸は今、世界中からそう呼ばれている。
何度も魔女の被害を受けてその度に立ち上がったものの、
いよいよ今度こそ国際社会から完全に孤立してしまった。
海外どころかわずかな生存者たちの多くも大陸を見限り、
ミルドール王国にはもう1000人程度の住民しか残っていない。
特産品だったウナギの養殖技術は海外へと流出し、
商人たちが訪れる理由も無くなった。
詰みである。
「ふざっけんなあああ!! 若者だけかよおおお!!」
「俺たち老人はここで死ねってか!? 横暴だろうが!!」
「そうだそうだ!!」「横暴!! 横暴!!」
そして、生存者の大半は陽の当たらない牢屋にいた者たちであった。
できれば彼らを自由にさせたくはなかったが、
残された者同士で協力する必要があったため仕方なく解放したのだ。
「貴様らはさっさと出ていけ!!
いつもいつもわしらの邪魔ばかりしおって!!
ここに残ってもいいのは、信念のある者だけじゃ!!」
「外国でどうやって暮らせばいいんだよ!?」
「生活の保証はアンタがしてくれんのか!?」
「そうだそうだ!!」「保証!! 保証!!」
「ええい、なんて面倒臭い連中だ!!
残りたいのか残りたくないのか、はっきりせい!!」
国王はよくやっている。
彼はやり方さえ間違えなければ良きリーダーなのだ。
かつて治療薬の開発を急がせるために錬金術士の家族を人質を取ったり、
無関係のハーフエルフに魔女の罪をなすりつけようとしたり、
国を経済危機から救うために世界征服を企んだりもしたが、
どれもこれも国民の幸せを心から願っての行為だそうだ。
やっぱり悪人だと思う。
「俺たちがいなくなったら困るのはそっちだろ!?」
「王国復興を手伝ってやった恩を忘れたとは言わせないぞ!!」
「そうだそうだ!!」「恩知らず!! 恩知らず!!」
あの元銀騎士団の無職老人たちを解放したのは間違いだった。
彼らはこんな時でさえ手を取り合わず、自分勝手な行動ばかりする。
その上ろくに働きもしないのに若者よりも多くの食料を消費し、
機嫌が悪い時はおとなしい相手に怒鳴り散らしたりと、やりたい放題だ。
そういう態度を注意される時だけは急に耳が遠くなったり、
ボール遊びができるほど元気なのに仕事の時だけは腰が痛くなったり、
彼らは都合が悪くなると高齢者であることを武器にしてくるのだ。
なのに老人扱いすると憤慨する始末。
正直、もう関わりたくない連中である。
その連中と国王が言い争う中、騎士団長が現場に駆けつけた。
「陛下、大変です!」
「む、セシルか
どうしたんじゃ? そんなに慌てて……」
彼女が耳打ちすると国王の顔はみるみると青ざめていった。
よほどの事態なのだろう。まず良い知らせではないのは確かだ。
「……キリエ、すまぬが城まで急いでくれんか?」
その表情を見て、私は察しがついた。
彼は眉間にしわを寄せてプルプルと震えていたが、
怒っているのではなく、泣きそうなのを我慢しているのだと理解した。
王妃の死期が近い。
「──それで、イルミナの容態はどうなんだ?」
「なんとか処置が間に合って今は安定していますが、
次に発作を起こしたら、もう私にできることは何もありません」
「そんな……!
お主はこのわしの命を救った最高の名医であろう!
どうにかならんのか!?」
「残念ですが……
長く持ってあと10日が限界かと……」
「ああっ、そんな……! そんな…………っ!!」
国王の嘆く声が医務室の外まで響く。
無理もない。最愛の妻が命を落とそうとしているのだ。
あの医者が治療を諦めるということは、本当に手立てが無いのだろう。
彼は今、どれほどの絶望を感じているのだろうか。
王妃は流行り病や不慮の事故に遭ったわけではなく、
若い頃から積み重ねてきた暴飲暴食が原因で内臓にガタが来ていたらしい。
牢屋に入れられていた間もその習慣をやめることはできず、
看守に賄賂を握らせては外から豪華な食事を仕入れたり、
密造酒を作っては囚人仲間と分け合ったりしていたようだ。
自業自得と言ってしまえばそれまでだが、
やはり身近な誰かが死んでしまうのは辛い。
それがたとえ石の魔女だとしても。
なんとも気まずい空気の中、1人の兵士が息を荒げながら走ってきた。
「キリエ様!
つい先程ハルドモルド帝国からの伝令が参りまして、
今朝、一隻の船がこちらに向かっていたとのことです!」
「船が……?
それはどこの国の物だか判明しているのですか?」
「いえ、それが……
国旗は掲げられていなかったそうで、
おそらく個人所有の船体ではないかと予想されています」
「そうですか……
その情報だけだと、どこかの物好きが興味本位で
この“呪われた地”に近づいてきたとしか思えませんが、
急いで知らせに来たのは他に重要な情報があるからですね?」
「はい、仰る通りです!
灯台守の話によればその船には赤い髪の少女が乗っていて、
頭には立派な角が生えているように見えたそうです」
「赤い髪に、立派な角…………!!
それはどれだけ正確な情報なのですか!?
もしそれが本当なら……私たちはようやく…………」
「この道80年の大ベテランが目撃した証言だそうです!
見間違えることはないかと思われます!」
「……逆に疑わしいですよ!!」




