陽だまり7
「キリエ!!
助かりたければ急いでこっちへ来い!!
私が触れているものは“擬態”の効果を得られる!!
この鏡もそうやって持ち込んだ物だ!!」
キリエは姿無きセシルからの忠告に従い、
鏡のそばまで駆け寄って彼女のいる場所を探し始めた。
いきなり尻尾を掴まれたキリエは動揺する。
だが、それはセシルの手だと理解している。
理解してはいるが、少し不愉快だ。
掴める場所は他にもあっただろうに、なぜ尻尾……。
しかし、文句を言っていられる状況ではない。
上空に浮かぶ巨大な目玉がゴゴゴと震え出し、
今にも最終攻撃が繰り出されようとしていた。
「ヴェエエエエエエエエエエェェェェェイィィッッッ!!!!!!!」
そしてフレデリカは汚く濁った金切り声を発し、
巨大な目玉からは滅びの光が放たれ、辺り一面が紫色に染まった。
地獄だ。
現実とは思えない。
庭園の外から兵士たちの悲痛な叫び声が届く。
きっとここだけでは済まない。
距離と大きさから計算して、あの光は大陸全体に被害をもたらすだろう。
それがわかっていてもリュータローには対抗策が思いつかなかった。
同じくキリエとセシルにもこの状況を打開する妙案は存在しない。
彼らはただ無力で、祈る以外の行動はできなかった。
フレデリカの攻撃は止まらない。
巨大な目玉は輝き続ける。
魔王の意識が途絶えるまで。
──やがて邪悪な球体は跡形も無く消え去り、
その代わりに暖かい太陽の光が彼らを照らした。
陽だまりの庭園の名にふさわしく、
茶会の円卓には穏やかな陽だまりが出来上がり、
そこには一体の石像が立っていた。
彼女の瞳から流れているのは、一体なんの涙だろうか。
恐怖。悔しさ。それとも罪の意識でも感じていたのだろうか。
もう彼女の心情を推し量ることはできない。
フレデリカは石化したのだから。
「……やったか!?」
第一声はセシルだった。
安心してほしい。彼女たちはやり遂げたのだ。
「これで……終わったのか?」
キリエにもまだ実感が湧いてこない様子だ。
戦いが終わったという事実がピンと来ないのだろう。
「僕たち、勝ったん……ですよね…………?」
やはりリュータローも状況の把握には時間が必要なようだ。
彼らはフレデリカとの戦いに勝利した。
しばらくしてその事実に辿り着いた3人は歓喜しそうになったが、
どうしても心に引っ掛かることがあり、まずは庭園の外へと向かった。
そして、やはりダメだった。
とても喜べる状況ではなかった。
魔王フレデリカは最後にとんでもない置き土産を残していった。
庭園を守っていた兵士たちは空を見上げたまま石像と化し、
その全てが恐怖に顔を歪めていた。
彼らは皆、これから自分の身に何が起きるかをわかっていた。
滅びの光から目を離すことを許されず、最悪の未来を想像させられたのだ。
やけに照射時間が長かったのはそういう理由だろう。
「なんて酷い……」
それ以外の言葉は出なかった。
キリエとセシルは手分けして生存者を探したが収穫は無かった。
近くの民家を調べた結果、屋内にいた者たちまで石化していた。
視線を合わさずとも光を見ただけでアウトだったのだろうか。
だが、それだとキリエたちも石化していたはずだ。
それともあの目玉には透視能力でもあったのだろうか。
いくら考えても答えは出ない。
ただひとつはっきりしているのは、ミルドール王国が滅亡したという事実だ。
いや、違う。
大陸全土の国々が滅びたのだ。
「は、ははは……
アハハハハハッ!」
セシルは晴天を仰いで笑っている。
無論、楽しくてそうしているのではない。
彼女は残酷な現実を受け入れたくないのだ。
キリエも同じ気持ちであったが笑えなかった。
真面目な性格だからという理由ではない。
彼女には今、他の残酷な現実が重くのしかかっていた。
文字通り、背中が重い。
リュータローの石化が進行しているのである。
「……あとどれくらい持ちそうなんだ?」
「ん〜、現時点でお腹の辺りまで来てるので、
このペースだと夕方には完全に石になってますね
……あ、そうだ
上半身が動くうちに手紙を残しておきたいので、
何か書く物を用意してもらえますか?」
「ああ、もちろんだとも!」
キリエは壊れかけのセシルの頬を叩いて正気にさせ、
2人は迎賓館や民家からありったけの筆記用具を掻き集めた。
「今更なんだが……
これではまるで手紙というより、本でも作ろうとしているみたいだ
そんなに大量の紙が必要だったのか? というか間に合うのか?」
「本ですか……まあそんなところです
錬金術は専門分野ではないので確証はありませんが、
治療薬開発に役立ちそうなヒントをいくつか発見したので、
それをまとめておきたいんですよ
呪いを受けたおかげで色々とわかったことがあるんです
できれば夕方までに理論の完成を間に合わせたいですね〜」
キリエとセシルは思わず顔を見合わせる。
両者共、先程までの絶望の表情ではない。
それとは反対の感情──希望が瞳に宿っていた。
「ということで僕は執筆に集中したいので、
お二人は生存者の捜索を再開するといいでしょう
これは僕の予想ですが、光の届かない場所なら無事かもしれませんよ」
「君がそう言うのなら、きっとその通りなんだろうな
リュータロー君
君がいてくれて本当に助かったよ ありがとう
そして……戦いに巻き込んでしまってすまない
治療薬が完成したら、まずは君を復活させると約束しよう」
「いや、それはダメです」
「ええぇ……???」
「これもまだ理論構築中なので確証はありませんが、
僕を復活させるタイミングはすごく重要になります
今はちょっと説明してる時間がもったいないので、
その理由や然るべき時期に関しても手紙に残しておきますね」
「あ、あぁ わかった……」
やはり天才少年の考えていることはわからない。
キリエは調子を狂わせられるも、少しだけ慣れてきた。
どうせ凡人には理解できない。
だったら彼の言動についてあれこれ考察するよりも、
今自分ができることに集中するべきだろう。
キリエとセシルは少年を残し、迎賓館を後にした。