陽だまり5
大量の目玉が宙を舞い、フレデリカの周囲に集結する。
それらは翼のような集合体となって禍々しい威圧感を演出させた。
正直、そこまでする必要は無い。
この燃費の悪い魔術を使わずともフレデリカの勝利は揺るぎない状況だ。
では、なぜそうしたのか?
彼女は今、漲っているからだ。
“夜の獣”の原液に含まれる大量の興奮成分が脳に作用し、
目の前の敵を最大火力で葬りたいという気分になっていたのである。
「キリエさん!!
どうして何もしないんですか!?
僕はてっきり無謀な特攻でもするのかと思ったんですけどねえ!?
ここで怖気付くくらいなら、やっぱり逃げるべきだったんですよ!!」
背中の少年に指摘され、キリエは押し黙った。
彼は正しい。それは理解している。
実際に恐怖を感じているし、逃げたい気持ちで一杯だ。
しかし、逃げては勝てない。
どう見ても絶望的な状況だが、それでもまだ負けたわけではない。
フレデリカは勝利を、リュータローは敗北を確信していたが、
今この場においてキリエは何か別のものに気を取られていた。
おそらく人はそれを希望と呼ぶのだろう。
いや、そう呼んでいいのかわからない。
それを信じるべきかどうか、キリエ自身もまだ迷っている。
だが、キリエはもう選択してしまったのだ。
自ら退路を断ち、この場に踏み留まろうと決めたのだ。
あとはもう運命に身を委ねて結果を受け入れるしかない。
「──キリエ
まったく大した幸運の持ち主ですね
思えばあなたを侍女に迎えた日もそうでした
あの時わたくしが気まぐれを起こさなければ、
きっと今もあの小さな家で貧しい暮らしをしていたのでしょうね
……その幸運もどうやらここまでのようです
キリエ、最期に何か言い残しておきたいことはありますか?」
フレデリカが天使のように微笑む。
ああ、反吐が出る。
それは彼女と出会ってから幾度となく見てきた邪悪な笑顔だ。
表向きは何一つ欠点の無い完璧な王女として国民から慕われているが、
その本性は、全てを自分の思い通りにしないと気が済まないわがまま女だ。
年齢と共に少しは我慢することを覚えたらしいが、
それでも人の本質というものはそう簡単に変わるものではない。
「言い残す? ご冗談を
その質問をそっくりそのままお返しいたしましょう
フレデリカ、最期に何か言い残しておきたいことはありますか?」
予想外の返答に天使の顔が歪む。
力の差は歴然だというのに、キリエはまだ勝負を捨てていないようだ。
あの態度からして彼女には何か作戦があるのだろうか?
まあそれはそれとして、フレデリカが不機嫌そうなのは別の理由だろう。
格下の存在から呼び捨てにされて腹が立っているのだ。
次に何が起こるのかは容易に想像がつく。
あのわがまま女がプライドを傷付けられて黙っているはずがない。
「キリエエエエエエェェェッッッ!!!!!」
叫びに呼応し、大量の目玉が一斉にキリエを凝視する。
やはりそう来たか。
あの大量の目玉が放つ光を見てしまうと石化するという恐ろしい呪い。
目を瞑れば防げそうなものだが、どうやらそれは無理らしい。
ミモザたちも兵士たちもまるで操られたかのように視線が吸い込まれ、
一瞬にしてあっけなく散っていった。もはや反則としか言い様がない。
キリエは顔を背けて抗おうとしたが、
やはり今までの者たちと同じように目玉を見ずにはいられないようだった。
あとは例の光を放つだけだ。
それでもう敵はいなくなる。
勝利の瞬間。
フレデリカは再び微笑んだ。
私はこの瞬間を待っていたんだ。
──キリエには作戦など無かった。
彼女はただ、成り行きを見守っただけである。
キリエはただ、彼女が何を企んでいるのか気になったのである。
“支配の瞳”の能力により強制的に視線を誘導された時は焦ったものの、
その効果はすぐさま解除されて体の自由を取り戻せた。
フレデリカが手を抜いたわけではない。
リュータローのおかげでもない。
無論、キリエにできることは何も無かった。
鏡だ。
キリエたちの目の前に突然現れた姿見が壁となってくれたのだ。
それには見覚えがある。
迎賓館の衣裳室から持ち出された物だろう。
「えっ?
ちょっと待っ……待って!?
……え、何 なんで…………?
そんな物があっただなんて聞いてませんよ!!
キリエ!! 今すぐにそれをどけなさい!!」
フレデリカは“支配の瞳”の能力により、
鏡に映し出された自分自身の瞳から目を離すことができなかった。
その瞳は怪しく紫色に輝いており、既に“石化の瞳”を使用した後である。
彼女を取り巻く“千の瞳”も同じく、目の前の敵を最大火力で葬ろうと輝いていた。
「聞いているのですかキリエ!!
このわたくしが命令しているのですよ!!
あなたは騎士でしょう!?
わたくしを守るのがあなたの仕事でしょう!?」
「愚かな……
敵を助けるわけがない
先に手を出したのはそちらでしょう
私たちの信頼を裏切り、傷付けておいてどの口がほざくんだ?」
反論され、フレデリカは額に血管を浮き上がらせた。
だがそれでは助からない。
ここはひとつ怒りを抑えて下手に出るのが正解だろう。
「キリエ、お願いです!!
わたくしは石にはなりたくありません!!
今までの事は全部謝ります!!
もう二度と魔法は使わないので許してください!!」
「……謝ったからなんだというんだ
あなたが頭を下げたところで、壊したものはもう元に戻らない
それに、命乞いする相手を間違えている
いくら私に訴えかけても無駄だ
その鏡は私が用意した物ではないのだから」
「えっ……?」




