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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『姉妹戦争』編
141/150

陽だまり2

「──ネリ!!」


慰霊の杜に囚われていたアンディ王子は自身が解放された喜びよりも、

ただ一人の従者が無事であることに最大限の幸福と感謝を覚えるのであった。


急に抱きついてきたアンディに対してネリの体は無意識に反応し、

飛び膝蹴りを相手のガラ空きの鳩尾(みぞおち)へとクリーンヒットさせた。


「ゴフォオォォ!!」


ノーガードのボディーにドンピシャのカウンターが決まり、

アンディはたまらず腹を押さえて地面に這いつくばるのだった。


学生の頃ならば、ここですかさずグレンがカウントを数え始めたであろう。

しかし彼はもう魔道学院を卒業した身であり、とっくに成人の年齢も迎えている。

名実共に大人の一員である彼には、公衆の面前で子供じみた発言はできなかった。


「おいおいネリちゃん、なんてことをするんだ!

 こいつは囚われている間、ずっと君のことを心配していたんだぞ!?

 そんな彼に対して、その態度はあんまりなんじゃあないのか!?」


100%混じりっ気の無い純粋なる演技に、ネリはつい噴き出しそうになる。


グレン王子はアンディ王子の心配なんてこれっぽっちもしていない。

むしろこの状況を最大限に楽しんでいる節すらある。

これだけ精神的に余裕があるのなら、

彼らはそれほど酷い扱いは受けていなかったのだろうと推測できる。


「……申し訳ございません、グレン様

 私も王子殿下にハグしようと思ったのですが、

 いかんせん角度とタイミングが合わなかったもので」


ネリもまた、本心とは裏腹な回答をしてグレンの笑いを誘った。




──読み通りアンディとグレンはこの慰霊の杜に囚われていた。

同室には石化治療薬を開発した錬金術士の姿もあり、

彼らはそれぞれの人質の安全を条件に従わされていたのである。

王子たちは禁断の書の解読を。錬金術士は新薬の研究を。


新薬……それは“石化の瞳”による被害者を治すための物ではない。

王女は自身の能力を制御できず、取り返しのつかない失敗を犯してしまった。

その失敗を帳消しにするために錬金術士を捕獲し、()()を仰いだのだ。


「何をやらかしちまったのかは……実際に見てもらった方が早いな」


グレンはそう言い、別室の扉を開けた。



その部屋には3人の男がいた。

2人は近衛兵であり、1人が椅子を引き、

もう1人が抱きかかえた青年をそこに座らせた。


件の青年はフィンだが、どうも様子がおかしい。

目は虚で、以前に見かけた時よりだいぶ痩せ細っている。

差し出されたスープには興味を示さず、

近衛兵から強制的に口を広げさせられても無表情のままであり、

それはまるで人形のようで、とても自分の意思があるようには見えなかった。


言葉に詰まるネリを見て、アンディが補足する。


「フレデリカの“支配の瞳”は、言わば人の心を操る魔法だからね

 彼はきっと、何度も術をかけられて精神を破壊されてしまったんだ

 僕たちは禁断の書を解読し終えたけど、

 この症状を治す方法はどこにも書かれていなかったよ

 ……だけど諦めてはいない

 解けない呪いは無い、と僕は信じているからね」


ネリはアンディの顔を見上げた。


ああ、この目には見覚えがある。

最初の“石の悲劇”で王妃共々が石化した際、

国王や王女は突然の事態にただ混乱するばかりで、

“呪いについて学ぶ”という具体的な行動を起こしたのは王子だけだった。


結果的に彼の留学中に石の魔女の問題は解決していたが、

重要なのはそこではない。

アンディ王子という人物は痛みを快感に変える変態嗜好の持ち主であるが、

それは彼の側面的な部分にしか過ぎない。


彼は、両親の数少ない長所を純粋に受け継いでいた。

彼もまた国民の幸せを願い、そして、その方法を間違えなかった。


ネリは自身の判断に狂いは無かったのだと再認識した。



彼こそが王の器であると。






──キリエとリュータローは、

慰霊の杜から少し離れた猟師小屋にて待機していた。

ネリなら上手くやってくれると信じてはいるが、

やはり1人で行かせたのは間違いだったのではないかと不安だった。


何かあった場合に備えていつでも駆けつけられるようにしよう。

キリエはそう覚悟し、このまま何事も起こらないでほしいとも願った。


ミモザたちは王女討伐に成功し、ネリの交渉も上手く行き、

王子たちが呪いの解き方を発見できていれば全てが丸く収まる。

それが甘い考えだとは自覚しているが、そう願わずにはいられない。


悩めるキリエの前に一杯のスープが差し出される。

芋と豆を煮て、いくつかの調味料を加えただけの簡素な出来だが、

さすがは一流の料理人の元で修行をしている少年が作っただけあって、

匂いだけでそれが絶品なのだと確信が持てる。


なんにせよ栄養補給は大事だ。

もしネリの交渉が失敗に終わった場合、

彼女を背に乗せて全力疾走しなければいけない。

今この場でその役目を担えるのは馬人族であるキリエだけなのだ。


キリエがスープに口をつけようとした瞬間、

何者かが猟師小屋の扉をノックする音が聞こえてきた。


コンコココン、コンコンココン。


それはあらかじめ打ち合わせておいたリズムであり、

扉を叩いたのがネリだとわかって2人は安心した。



安心したのも束の間、無警戒に扉を開けたキリエは固まってしまった。



確かに扉を叩いたのはネリ本人であったが、

そこには300名余りの武装した兵士たちが集結していたのである。



その光景を目の当たりにしてキリエは絶望の淵に立たされたが、そうではない。




彼らはネリからフレデリカ王女が行なった暴挙の数々を聞かされ、

このミルドール王国を正しい方向へ導かなければならないと決意し、

これより赴く最終決戦の地へと同行してくれる心強い味方となったのだ。

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