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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『姉妹戦争』編
140/150

陽だまり1

慰霊の杜──そこはかつて王国と帝国との間で起きた300年戦争の終結後、

犠牲者たちの魂を鎮めるために造られた神聖な場所である。

鎮魂祭の時期以外はたとえ王族であっても立ち入ることを禁じられているが、

その厳格な取り決めは、またしても暴君の強権行使により破られていた。


警備に当たっているのは予想通りジーク派の元黒騎士団員からなる新組織、

近衛兵団の面々と見て間違いないだろう。

彼らの中に小さき者はおらず、総じて大柄な獣人たちで構成されている。

1人1人が並の兵士10人分の実力を持つと云われる強者揃いであり、

ゆえに少し前までは“大陸最強の黒騎士団”と呼ばれていたのだ。


ただでさえ巨大な肉体の持ち主たちが頑強な全身鎧で完全武装しており、

更に、その数はパッと見ただけでも100人は優に超えているだろう。

正面から乗り込んで力ずくでどうにかなる相手ではないことは確かだ。


「──って、ネリ殿!

 まさか正面から乗り込むつもりですか!?」


「ええ、そのまさかです

 ですが、どうかご安心ください

 私は殴り合いの喧嘩をしに来たわけではございませんので」


「し、しかし……

 囚われの身であるはずのネリ殿が、

 彼らの前に姿を見せるのは危険すぎませんか!?」


「……だからこそですよ

 本来なら地下室に幽閉されているはずの私が出向くからこそ意味があるんです

 城の外で自由に動き回っている私を見て、彼らはこう思うでしょう

 『もしやジーク様の身に何かが起きたのかもしれない』と……

 まあ実際、水中で電撃を浴びて死にかけたそうですが」


ネリは懐から鍵束を取り出した。


「先にお伝えしてある通り、私の交渉カードはこれです

 彼らが崇拝するジーク様の身柄を解放させる条件として、

 こちらもアンディ王子とグレン様の解放を要求いたします

 言わば人質交換ですね

 誰一人として傷付かずに問題解決を図るにはこの方法が一番です」


鍵束(それ)を見せびらかすおつもりですか?

 力ずくで奪われたら交渉どころではなくなりますよ」


「ええ、その可能性も大いにあるでしょう

 ですが、時間が惜しいので彼らの騎士道精神に賭けてみようと思います

 もし失敗したとしても私が捕まるだけなので、あまりご心配なさらず」




──近衛兵の1人が武器を構える。

彼の目の前には兎人族の侍女の姿があり、

それは地下室に幽閉されているはずの囚人だったからだ。


「囲めえぇーーー!!」


その号令に他の兵士たちは迅速に従い、

数秒とかからず、ネリは屈強な男たちに取り囲まれたのだった。

覚悟はしていたが、やはり四方八方を巨漢に塞がれていい気はしない。

逃げる気は無いにしろ、それでも退路を断たれると不安で押し潰されそうだ。


ネリは内心ビクつきながらも表面には出さず、

あくまで平静を装って声を発した。


「こちらは丸腰の女1人だというのに、随分と手荒な歓迎ですね

 それも、私が誰であるか知った上での行動なのでしょう?

 王子殿下に仕える唯一の召使いに対してそのような態度を取り、

 後々あなた方の立場が悪くならなければよいのですが……」


ネリは意味ありげに笑みを浮かべ、数人の兵士が息を呑んだ。

いくら屈強な肉体の持ち主であろうと、権威には弱いのだ。

なまじ優秀な騎士であったがゆえ、自らの立場というものをよく弁えている。


だが、全員が萎縮したわけではない。


「ええい貴様ら、何をしておる!

 その女は本来ここにいるべきではない存在であろう!

 解放されたという話は聞いておらんし、脱走したに違いない!

 速やかに引っ捕え、即刻あの場所へと連れ戻すのだ!」


偉そうな男の言葉に促され、兵士たちは再び武器を握る手に力を込める。

が、ネリはそれで引き下がるような性分ではなかった。


「脱走、と申しましたか……

 よく考えてみてください

 ()()()()はジーク様が厳重に監視しており、

 私のような非力な女が自力で抜け出せるはずがございません

 そのような状況であるにも関わらず、私がこの場にいるということは……」


兵士たちはまたしても息を呑み、言葉を紡いだ。


「ま、まさか……

 ジーク様の身に何かが起きたとでも言うのか……!?」


ネリはしめしめと言わんばかりに口角を上げ、

その様相に兵士たちは青ざめ、互いに顔を見合わせた。


難なく予定通りの展開に持ち込むことに成功し、

ネリは切り札の鍵束をチラつかせて言い放った。


「……それでは交渉と参りましょうか」



近衛兵団の面々は戸惑いを隠せなかった。

あの無敵のジーク団長がこのような小娘相手に不覚を取るなどありえない。

だが、あの鍵束は紛れもなく地下室の鍵で間違いない。

信じたくはないが、彼女はあの大陸最強の武人を出し抜いたのだろう。


「ええい貴様ら、何をしておる!

 さっさとその女の身柄を拘束し、鍵を奪い取らんか!」


「「 えっ!? 」」


驚いたのは兵士たちだ。


どのような方法で地下室から抜け出したのかは不明だが、

彼女は今、わざわざ自らの姿を敵前に晒して交渉を願い出ているのだ。

危険は承知していただろうに、1人で来た。しかも非武装でだ。


彼女は、我々を信用しているのだ。


「……副団長、まずは彼女の話を聞くべきではありませんか!?

 攻撃の意志無き者を力ずくで抑え込もうなどとは、騎士の恥ですよ!」


「それがどうした!

 我々はもう騎士ではない!

 たとえ相手が女子供であろうと、

 我々にとって不都合な存在は徹底的に排除するのだ!

 生死は問わん! ……いや、むしろ殺してしまえ!

 昔からよく言うだろう……『死人に口無し』となあ!」


「なっ……副団長!?

 前々から嫌な奴だとは思っていたけど、本当になんて最低な野郎なんだ!

 立場があるから今まで従ってきたけれど、さすがにもう我慢できないぞ!」


その発言を機に、他の兵士たちも次々と副団長への不満を漏らし始めた。

それどころか勢い余って口だけでなく手を出す者も現れ、

気がつけば副団長は部下に取り囲まれて殴る蹴るの暴行を加えられていた。


兵団の中でどのような人間関係が築き上げられていたのかは不明だが、

少なくとも件の副団長は彼らから敬われていないことは確かだった。


ネリはただ、リンチが終わるまで静観するしかなかった。

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