託されし者1
「なんだよこれ……
どうなってんだよ……」
城に到着したアリサは理解に苦しんだ。
魔女の呪いに対抗すべく魔術書や歴史書を読み漁っていた者たち、
その全てが石像と化していたのだ。
「嘘だろ……なんで……
結界があるんだろ……
なんでだよ…………」
誰も聞いていないのは百も承知だが、
その疑問を口にせずにはいられなかった。
「おおーーーい!!
誰かいねえのかーーー!!
返事しやがれーーー!!」
アリサの問いは城内に虚しく木霊する。
誰もいない。
全滅したのだ。
「うおああああああっ!!!
あああああぁぁぁっ!!!
おああああぁぁぁっ!!!」
アリサはその場に膝から崩れ落ち、力の限り叫んだ。
声が枯れるまで叫んだ。叫び尽くした。
──朝になり、アリサはただぼんやりと雲を眺めていた。
この国の人たちは知らない人、どうでもいい人たちだ。
パメラもフィンも、つい数日前に出会ったばかりの仲だ。
見捨てたって文句を言われる筋合いは無い。
コノハにしたってそうだ。
正式にパーティーを組んでから、まだ1ヶ月の関係だ。
助ける義理は無い。
ユッカは、まあ……もうすぐ3年の付き合いになるが、
そこまで必死になって救う価値はあるのだろうか。
正直、割に合わない。
所詮は利害の一致だけで行動を共にしてきた同業者、
そう、いつ死んでもおかしくない職業、冒険者なのだ。
この道を選んだ時点で彼女も覚悟はしていたはずだ。
大体、ユッカとの思い出なんてろくなもんじゃない。
「──待ちやがれこの泥棒猫があっ!!
オレの荷物返せコラァ!!」
「違うよ、あたし泥棒じゃないよ!
地面に置いてあったんだもん!
誰の物でもないからセーフだよ!」
「ふっざけんなぁ!!
完全アウトだコラァ!!」
思い返せば出会いは最悪だった。
冒険者ギルドで登録の手続きをしている最中に、
下着やら何やらが詰まった袋を掠め取られたのだ。
しかしアリサの身体能力でも追いつけず、
途方に暮れた彼女は公園のベンチへ腰掛けた。
「あっ、いたいた!
探したんだよ!
はいこれ、あげる!」
「んぁ?
……って、おめえいい度胸してんじゃねえか!!
なに自分からノコノコと……って、なんのつもりだ?」
泥棒猫の手には巷で人気の氷菓子が2つあり、
そのうちの1つをくれるというのだ。
荷物を売り払った金で買ったのだろう。
ぶん殴るつもりでいたが、屈託のない笑顔に調子を狂わされ、
又、走り回って喉が渇いていたので、仕方なくそれを受け取った。
聞けばその少女ユッカは物心つく前にパンを一切れ盗んで捕まり、
1ヶ月の刑期だったのが他の囚人たちの罪状を押っ被せられ、
気がつけば3ヶ月、半年、1年……と刑期が伸びてゆき、
最終的に10年近くを監獄で過ごしたらしい。
「……んで、出所してすぐに再犯はまずいだろ
うまくやんねえと監獄に逆戻りだぞ?」
「だってあたし、他のやり方知らないんだもん!
商人のおじさんたちにお仕事したいって言っても、
ぜんかものはダメなんだって!」
「そっか、おめえ働く気はあるんだな……?」
「うん、お仕事したい!」
「──ダメダメ!
うちじゃ雇えないよ!」
「チッ、ここもかよ……」
「うちは優良店なの!
政府の監視も厳しくなってきてるし、
子供を働かせるわけにはいかないよ!」
「ねー、アリサ
ここってなんのお店?」
「ああ、ここは──」
「うちはお風呂屋さんだよ!!」
「お風呂を売ってるの!? すごい!」
「いや、風呂へ入りに来た客と──」
「体の洗いっこをする場所なんだ!!」
「毎日お風呂に入れるの!? すごい!」
「おっさんどもの欲望を──」
「ここは大人のお店なんだ!!」
「ソープランドだー!」
「「 知ってんのかい!! 」」
「──んで、結局これっきゃねえか」
冒険者。
なにも魔物と戦うだけが全てではない。
草むしりや配達、煙突掃除や便所の汲み取りなど、
子供でも可能な仕事はいくらでも存在するのだ。
「やったー!
これでやっとお仕事ができるんだ!
あたしたち、お揃いだね!
おんなじ日におんなじお仕事!
これからもよろしくね、アリサ!」
「お、おう……?」
べつにパーティーを組む気は無かったのだが、
いつのまにかそんな流れになっていた。
まあ、1人より2人の方が楽になるだろう。
「──なあんて思ってたっけなぁ
草むしりでボヤ騒ぎ起こすわ、
配達先を間違えて怒られるわ、
結局まともにできた仕事なんて
何一つ無かったんだよなぁ……」
肩に担いだ石像に語りかける。
身を乗り出す姿勢だったので持ち運びやすい。
「ったく、こんな面倒臭えことになったのは
おめえのせいだかんなー?
金になる話があるって言うから、
ホイホイ乗っかってみたらこのザマだ
あとで覚えとけよー?」
脇に抱えた石像に話しかける。
片目を覆い隠してカッコつけているのが若干腹立つ。
宿屋から持ち出した彼女たちを城まで運び、
あらかじめ敷いてあったベッドの上にそっと寝かせる。
アリサもそのまま寝転がりたいところだったが、
まだやることがあるので気合いを入れ直した。