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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『姉妹戦争』編
139/150

ラスボス3

そこは見覚えのある地下室だった。

アンディ王子を従わせるために、侍女のネリを監禁していた場所だ。

彼女は不当な扱いを受けているにも関わらず文句の一つも言わず、

毎回顔を合わせる度に「王子は無事ですか?」と主の心配を欠かさなかった。


そのネリが、今はこの部屋にいない。


ジークは少しだけフッと笑い、すぐ元の険しい顔つきに戻した。


「……おい、カチュア

 貴様はここで何をしている?」


突然話しかけられたカチュアは驚きのあまり、

急に上半身を持ち上げたせいでベッドに頭をぶつけてしまった。


「あぐあぁぁ〜〜っ!!

 痛いではないか! いきなり話しかけ……!

 ジ、ジーク殿! 目が覚めたのだな!?

 我はジーク殿の看病をしていたのだ!

 感謝するがよい!」


看病……ああ、そうか。

ミモザとの水中戦に勝利したと確信した矢先、

全身に強い電撃を浴びて意識を失ってしまった。

どんな仕掛けかはわからないが、とにかく負けたのだ。

そのまま溺死させることもできただろうに、

この通り、自分はまだ生きている。


この巨躯をカチュア1人で運べたはずがない。

ミモザは敵に情けをかけたのだ。

なんと甘い考えだろうか。

前回フィンに負けた時もトドメを刺されずに生き延びた。

その結果がこれだ。


またしても王家の者に弱みを握られて利用され、

己の騎士道に反する行いにより善良な人々を傷付けてしまった。


自分はあのまま溺れ死ぬべきだったのだ。

こんな思いをするくらいなら、また誰かに辛い思いをさせるくらいなら、

いっそ自らの手でこの愚かな人生に終止符を打つのが筋というものだろう。



机の上には空の食器とスプーンしかない。

そしてこの部屋には筆記用具も置いていない。

囚人がよからぬことを考えないように、尖った物は取っ払っていたのだ。


ならば壁に頭を打ちつけてみるか?

いや、最後までやり遂げる自信は無い。


首を吊るか?

いや、縄が無いし、ベッドシーツで代用したとしても

この巨躯の体重に耐えられるかわからない。


「どうしたのだ、ジーク殿?

 そんなに落ち込んで……

 ハッ! まさかまだ体の具合が良くないのか!?

 どこが痛むのだ!? 申してみよ!」


カチュアに心配されてしまった。

だが、体調に問題は無い。精神的に参っているだけだ。

もし仮に本当の体調不良だったとして、

医療知識の無い彼女に解決できるとは思えない。

しかしまあ、この身を案じてくれるのは素直にありがたい。


「……いや、少し目眩(めまい)がしただけだ

 ところで貴様はさっきから何をしている?

 抜け穴でも探しているのか?

 だとしたら、それは無駄な行為だ

 この部屋の出入り口は1つしかないのだぞ?」


「そんなはずはない!

 この部屋のどこかに秘密の酒蔵への入り口があると聞いたのだ!

 先代国王が遺した極上ワインなのだぞ!?

 よいか! 酒は飲むために存在しておるのだ!

 このまま誰にも飲まれずにいたら可哀想ではないか!」


極上ワイン、だと……?

カチュアは一体、何を言っているんだ?


先代国王は酒を一滴も飲めないほどの下戸だったはず。



……いや、待て。

カチュアはこの状況に焦っていない。

それどころか極上ワインなどという、胡散臭い物を探している始末だ。

監禁中の身にしてはあまりにも呑気すぎるではないか。

まさか閉じ込められていることに気づいていない……なんて、

いくら頭の悪い彼女でもさすがにそれはあり得ないだろう。


「ぬうっ!?」


「どうしたのだ、ジーク殿!?

 急に大声を出すから驚いたではないか!」


「あ、いや……

 なんでもない、気にするな」


……。



扉に鍵が掛かっていない、だと……?



なぜだ。

閉め忘れたのか?


……いや、圧倒的な戦力差を頭脳で覆した相手が、

このような凡ミスを犯すとは考えにくい。

彼女は敵の命を助けるような性格の持ち主であるし、

おそらくこの我を生かすためにわざと鍵を掛けなかったのだ。


本当に、なんと甘い考えだろうか。






──ジークは水路から外へ出ようとしたが、

そこには黒蛇のような謎の生物たちが水中で(うごめ)いていた。

口の中には無数の牙が生えており、噛みつかれたらただでは済まない。

確証は無いが、おそらくミモザはこの生物の力を借りたのだろう。

詳細がわからないうちは迂闊に近づかない方が賢明だ。


ジークは水路からの脱出を諦め、上の階へと移動した。



そして地上まで来たはいいものの、

正門には門番がいるので別の出口が必要だった。

とはいえ、ミルデオン城の出入り口は本来そこだけであり、

橋を通らずに済む方法など存在しない。


通常ならば。


幸運にも、現在のミルデオン城には一時的に外部と繋がる場所が出来ていた。

それはかつて、アリサとの対決でジーク自身が破壊した城壁だった。

昨日開始した補修作業の工程で、今はまた大きな穴が空いている。


ジークの身体能力ならば、ここから向こう岸へと飛び移れるかもしれない。

もし届かずとも、壁をよじ登れば誰にも気づかれずに脱出できるだろう。



だが、ジークは城を脱出しなかった。


カチュアの体力では螺旋階段の重力結界がきついだろう、と気遣ったのだ。

とりあえず食事を差し入れに向かい、一緒に脱出するよう誘ってみるつもりだ。

もし宝探しのために残りたいと言うのなら、それは仕方ない。


ジークは腕に()りをかけて調理し、再び地下室へと向かった。




そして、ジークは言葉を失った。


そこには、恐怖に顔を歪めたまま石像にされたカチュアの姿があった。


空中には不気味な目玉が浮かんでおり、

この短時間で何が起こったのかは容易に想像できる。


王女は一番の忠臣を切り捨てたのだ。


カチュアは決して能力の高い騎士ではなかった。

しかし、いつだって王女の意見に賛同し、付き従ってきたのも事実だ。

それが間違っていることであれ、彼女は常に王女の味方だったはずだ。


だのに、王女はカチュアを見捨てたのだ。


騎士にとってこれほど無念なことは他に無い。

心から信じ、懸命に尽くしてきた主人に裏切られたのだ。


ジークは空中の目玉を掴み取った。


そのまま握り潰してやろうかとも思ったが、

そんなことをしても王女にとっては全く痛くも痒くもないだろう。



ジークはその目玉と視線を合わせた。



相手は目玉だ。声を発したところで王女に聞こえはしない。

だが、この顔を見せることはできる。


ジークは大粒の涙を流してはいるが、その表情は“悲しみ”ではなく、

マグマのように煮え(たぎ)る“怒り”そのものであった。

瞳孔は縮小し、牙を剥き出しにし、全身の血管が浮き上がっている。


それは紛れもなく、暴君に対するストレートな感情を表したものだ。



宣戦布告。

ジークは王女の敵となった。



それを感じ取ったのだろう。

目玉が突然、怪しい輝きを放ち始めた。


ジークの体から自由が奪われる。

目玉から視線を外すことができない。


が、関係無い。


ジークは自らの意志でそうしたのだ。



ジークは完全に石化する直前、フッと笑った。




フレデリカは一時の感情に流され、

最強の味方までも切り捨ててしまったのだ。

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