ラスボス2
ニックは戦友が一瞬にして石化する様子を空中から見ていた。
様々な感情が渦巻くが、それを表に出すのは後でいい。
まずはあの邪悪な魔女をどうにかするのが先決だ。
彼が上空に放り投げられた理由はいくつかある。
まずは先述の通り、敵の視界を分散させるため。
2つ目は敵の背後を取るため。3つ目は重力結界の範囲を測るため。
そして、もし重力に引っ掛かればそのまま急降下攻撃に転じられる。
王女の真上で石化しようものなら、それは敵の自滅を意味する。
仲間が既に1人やられている。
自分が2人目になるかもしれない。
だが、最後に誰かが勝てばいい。
ニックは敵の気を引くために大声を張り上げた。
「おりゃあああああっ!!」
狙い通り、フレデリカは上を見上げた。
ゴブリンは自分のほぼ真上に位置しており、
そのままの落下角度だとまず間違いなく直撃してしまうだろう。
しかも重力結界の影響で降下速度が加速するのは確実だ。
ああ、先にこっちを始末するべきだった。
フレデリカは後悔し、反省し、閃いた。
敵めがけて落下していたニックはなぜか突然、
横方向へと吹き飛ばされて迎賓館の外壁に激突した。
その一撃で壁には大きなヒビが入り、ニックは白目を剥いて意識を失った。
フレデリカは重力の方向を変えたのだ。
彼女が頬を緩めた直後、『ビュッ』という風切り音が聞こえたかと思えば、
次には『トスッ』と地面に何かが突き刺さる音がした。
「え、何──」
フレデリカには振り向く暇を与えられず、
背後から何か強い力に押されて前のめりに倒れ、うつ伏せの状態になった。
下が柔らかい芝生だったから大したダメージにはならなかったものの、
王女である自分が地面に這いつくばり、泥を塗られた事実に怒りが込み上げる。
音の正体を恨めしそうに見つめるフレデリカ。
そこには1本の矢が地面に突き刺さっており、
矢尻には縄が括り付けられていた。
ああ、この縄に引っ掛けられて転倒したのか。
おそらくあのエルフの仕業だろう。
そう思ったのも束の間、今度は強制的に仰向けにされたではないか。
見上げた先にはミモザの姿。
彼女は憤怒の表情で拳を振り上げている。
まずい。殴られる。
フレデリカは咄嗟に“支配の瞳”を発動させた。
……が、発動せず。
「オラァ!!」
無防備なフレデリカの顔面に、ミモザの拳がめり込む。
生まれて初めて食らった顔面ストレートに、彼女は様々な思いを馳せた。
痛い。怖い。なんで?痛い。殴られた。王女なのに?痛い。ムカつく。
縄……ああ、そうか。
さっきは魔封じの縄に転ばされたのだ。
縛られなかったとはいえ、一瞬でも触れれば数秒は魔術を使えなくなる。
その隙を突かれてしまったのだ。なんたる失態だろうか。
ミモザはまた拳を振り上げた。
また殴られる。嫌だ。
また殴られるのは絶対に嫌だ!
フレデリカは手元の土を掴み取り、ミモザの顔面めがけてぶち撒けた。
「うがっ!?」
起死回生の一手、目潰しが決まった。
ミモザは目に入り込んだ異物を取り除こうと踠いている。
今のミモザに“石化の瞳”を向けても効果は無い。
だとすれば、消去法であの厄介なエルフを排除するのが優先課題となる。
フレデリカは辺りを見回すが、エルフの姿は見当たらない。
仲間を置いて逃げた……とは考えにくい。
彼女は隠れているのだ。
キョロキョロと見渡してみるが、やはりエルフを発見できない。
そしてまた厄介なことに、ゴブリンの姿も消えてしまった。
ミモザと揉み合っているうちに彼を回収したのだろう。
こうなったらもう、手段を選んではいられない。
フレデリカは奥の手を使うことにした。
柱の陰でニックの手当てをしていたサロメは、
辺りが急に暗くなったことに違和感を覚えて空を見上げる。
サロメは絶句した。
目。目。目。
空中には大量の目玉が浮かんでいた。
100個や200個ではない。もはや数え切ることはできない。
それは目玉の天井と言っても差し支えない、異様な光景だった。
それぞれが独立した動きでギョロギョロと動き、
そのうちの1つがサロメと視線を合わせると、
他の全ての目玉も一斉に標的を凝視したのだ。
そして、その全ての目玉が怪しく輝き出した。
「こんなの無理だよ……」
絶望した彼女は、膝から崩れ落ちた体勢のまま石像と化した。
──庭園に朝日が差し込む。
迎賓館の前には真新しい石像が4体。
ミモザたちは全滅した。
フレデリカは鼻血を拭き取り、深呼吸して心を落ち着かせる。
彼らは仲間が石像にされても驚きはしなかった。
それどころか、こちらと目を合わせないように戦っていたと思う。
寝室でもそうだったが、彼らはこちらの魔法を警戒していた。
魔封じの縄を戦術に組み込んできたのが何よりの証拠だ。
どういうわけか、彼らには手の内を知られていたのだ。
禁断の書は王子の手元にあり、彼が外部の者と接触した事実は無い。
親友のグレンも同様であり、彼らから情報が漏れたとは考えにくい。
とすると、内部に裏切り者がいるのかもしれない。
ジークはまず違うだろう。
娘を人質にしているのだ。逆らえるわけがない。
カチュアはあり得る。
本人にそのつもりが無くとも、あれは口が軽い。
どこかで余計なことを喋ってしまった可能性は高い。
「はあ、まったく……
無能な部下を持つと苦労しますね……」
フレデリカは愚痴を溢しながら、片手を前に突き出して魔力を集中させた。
すると空中に小さな目玉が発生し、すぐさま城の方角へと飛び去っていった。




