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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『姉妹戦争』編
133/150

壁6

水中戦、第3ラウンド開幕。


依然としてジークの攻撃方法は愚直に突進を繰り返すのみ。

対するミモザは守りに徹し、相手の軌道を読み切って直前に回避。


お互いに決め手は無い。

だが、狙いは一致している。


両者共に、相手のミスを待っているのだ。


ジークに突進の勢いはあれど、泳ぎが得意というわけではない。

ミモザは魚人族と言えど、いつかは地上の空気が恋しくなる。


これは持久戦だ。

2人は言葉を交わさずとも理解していた。


その時、ミモザの体勢が少しだけ崩された。


油断などしていない。

軌道は完全に把握していたし、体力も問題無い。

しかし、ジークの手が届きそうになったのだ。


偶然ではない。

必ず何かしらの要因がある。

でも今はそれを考える余裕は無い。

一瞬でも気を抜けば捕まるのは確実だ。



攻防を中断し、ジークが空気の補充に向かう。

これにて第3ラウンド終了だ。

少しだけ危ない場面もあったが、

終わってみればまたミモザのラウンドだった。


だが楽観視してはいけない。

水中では無敵のミモザが、本気で避けねばならない相手なのだ。

それは最初の一撃からしてそうだった。

ジークの強さは彼女の想定以上だったのだ。


さすがは最強の男。

ミモザは気合いを入れ直した。



空気を補充して帰ってきたジークは、早速お馴染みの突進攻撃を繰り出した。

ここでミモザは少し手法を変え、最小限の動きで避けるのではなく、

相手の動きを観察するために大きく距離を取ることにしたのである。


結果的にそれが功を奏した。

ミモザの回避後、ジークは今までに無い動きで急速の方向転換を行なったのだ。


彼は泳ぎ方を知らずに生きてきたが、それで不自由を感じたことは無い。

さっきからそうしているように、適当に壁を蹴るだけで高速移動が可能だ。

それも、泳ぎに特化した魚人族を焦らせるほどの速さでだ。


だが、それだけではダメなのだと悟った。


彼はこの戦いの中で成長し、リザードマン式の泳ぎ方を模索し始めたのだ。


(尻尾……!?)


ミモザは目撃した。

ジークは尻尾を振り回し、その勢いを利用して強引に進行方向を捻じ曲げた。

まだ慣れていないのでぎこちない動きだが、きっと使いこなせるようになる。


これはミモザにとっては不利だ。

最強の男に泳ぎ方をマスターされたら、水中での優位性が失われる。

それまでにどうにかして決着をつけねばならない。


ジークを倒せるのは今、この場所だけなのだ。




徐々に尻尾の使い方が上手くなってゆくジークの急成長に、

ミモザは冷や汗を掻いているのを感じ取った。

彼が空気の補充に向かってくれた時は本当に安心した。


次のラウンドで、彼はもっと成長するだろう。

その次、その次と重ねてゆくうちに、いつかは追いつかれる。

それは最初からわかっていたことだ。

所詮、自分には時間稼ぎしかできない。


だが、それでいい。

時間稼ぎさえできれば、最強の男にも勝てると信じている。

これは騎士の決闘なんかじゃない。チームプレイだ。

あとはみんながなんとかしてくれる。


ミモザはチームの勝利を祈った。



戻ってきたジークは相変わらずの突進……ではなく、

急速の方向転換を加えた新型の突進を繰り出した。

しかも左右のフェイントを織り交ぜてきたのだ。

回避に成功したとはいえ、彼はもうだいぶ泳ぎ慣れてきた。


残された時間は少ない。


ジークが尻尾を使いこなすのが先か。

ミモザのチームが到着するのが先か。




──そして、決着の時はついに来た。




第7ラウンド中盤、ジークはとうとうリザードマン式の泳ぎ方を完全に理解した。


決め手となったのは左右だけでなく上下にも変化する方向転換で、

それが5連続ともなると、もうミモザの反射神経では対応できなかった。


縦横無尽。


ミモザは得意な水中で、得意な泳ぎで負けたのだ。


ジークの剛腕が彼女の細腕を掴んで離さない。

握り潰さないように加減はしてくれているが、

どう足掻こうと振り解くのは不可能だとわかる。

パワーでは敵わず、スピードは意味を成さない。


ミモザはジークに捕まった。



ジークはミモザに尊敬の念を抱いた。


彼は自分が強いと知っている。

彼女は自分が弱いと知っている。


それでも彼女は立ち向かってきたのだ。

圧倒的強者を前に一歩も退かなかったのだ。

圧倒的弱者なりに工夫し、強者を手こずらせたのだ。


結果はジークの勝利だが、ミモザが勝つ可能性もあった。

だが、勝つか負けるかの話じゃない。

彼女は仲間の無念を晴らすために行動を起こした。

それが全てだ。


ミモザは誇り高き騎士である。

彼女の石像は丁重に扱う、とジークは心に誓った。


ジークはミモザの顔を見ようとした。

しかし、真っ黒でよく見えない。

真夜中だし地下なので見えづらいのは当然だが、

それにしても水中灯を近づけても確認できないのはおかしい。


ああ、そうか。

彼女は城に忍び込もうとしていた。

目立たないように黒装束に身を包んでいるのだ。

そう思うことにした。



ジークはミスを犯した。



ミモザのチームは既に到着していたのだ。


彼女は最初から自分1人の力では勝てないと割り切り、

この戦いに備えて新たな協力者を確保していた。


それも、ただの協力者ではない。



ミルドールの救世主の力を借りたのだ。



ジークは()()に囲まれていた。

しかし、気にしなかったのだ。


彼は()()の名前を知っていたし、

獄中で何度か口にしたことがある。


だが、()()が動く姿を見たことは無かった。



そして、()()が電気を放つ生物だとも知らなかった。



「グボゴボボガバッボボゴボッ!!!」



ジークは突如として全身を襲った激しい衝撃に耐え切れず、

口の中に溜めていた空気を全て吐き出してしまった。


常人ならば即死してもおかしくないレベルの電流。

実際に死者が出たという記録もある。

その生態は長らく謎に包まれていたが、

近年になってようやく正体が明らかになった。



ウナギ。



今やミルドール王国の特産品として広く知られ、

大陸全体の経済危機を救った食用魚である。


大変美味ではあるが先述の通り危険生物でもあるので、

養殖の現場では感電防止のために防護服の着用が義務付けられている。


ミモザは念のために防護服を重ね着していた。

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