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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『姉妹戦争』編
132/150

壁5

ドボン!


その音に門番たちはざわついた。

ミルデオン城を取り囲む堀に、確かに何かが落ちたのだ。

決して軽い物ではない。

少なくとも標準的な人間程度の重さはありそうだ。


門番たちはまず、酔っ払いが誤って落下した可能性を疑った。

月明かりを頼りに波紋の中心点を注意深く見つめ、大声で呼び掛けた。


「おーい、誰かいるのかー!?」


返事は無い。


彼らはもっと近づいて再び声を掛けてみるが、やはり反応は無かった。

もしかしたら意識を失って自力で上がってこれないのだろうか。

門番は急いで鎧を脱ごうとするが、もう1人がそれを止めた。


「おい、なんのつもりだ!

 人の命が懸かってるんだぞ!」


「……いや、よく考えてみろ

 しばらく観察したが、最初から泡が立ってなかった

 つまり、あそこに陸上の生物はいないってことだ

 きっとでかい魚が跳ねたのか、上から瓦礫が落ちてきたんだろう」


「瓦礫……

 ああ、そういえば補修作業をしているんだったな

 まったく、心配して損したぜ」


「さて、そんじゃカードの続きといきますか

 俺の番だったな 負けたら奢れよ?」


門番たちは持ち場へと戻っていった。




──そんなやり取りが地上で行われる中、

水面下ではジークが侵入者と対峙していた。

そこは城壁の真下に存在する、天井まで水で満たされた通路であり、

常人が息継ぎ無しで突破するのは不可能な地帯だった。


真夜中の地下水路に真っ黒な人影。

普通ならそれが誰であるかなど判別しようもない。

だが、ジークには確信があった。


銀騎士団団長ミモザ。

彼女は泳ぎが得意な種族、魚人族である。


ここで鉢合わせるとは思っていなかったが、ジークは予見していた。

彼女が何かしらの行動を起こすだろうと。

王女から悪趣味な石像をプレゼントされたのだ。

そんな挑発をされれば怒るのも当然だろう。


だから言ったのだ。

ジークは王女に忠告したが、聞き入れてくれなかった。

ミモザが嫌な思いをするのが楽しみで仕方ないといった感じだった。


王女の悪巧みのせいで、また石像が増える。

できれば見逃してやりたいが、そうもいかない。


暴君の機嫌を損ねれば、娘を石に変えると脅されているのだ。


ジークはため息を吐きたい気分だが、貴重な空気を捨てられない。

門番に勘付かれる可能性があるし、これから侵入者を追い回すのに必要だ。



戦いは突然始まった。



ジークは水路の壁を蹴り、ミモザめがけて突進した。

それは地上でのダッシュともほぼ変わらぬ速度で、

その予想外の勢いにミモザは度肝を抜かす。


だが彼女は間一髪、クルンと宙返りして回避に成功した。


喜ぶのも束の間、ジークの突進が再び彼女を襲う。

あまりにも短い攻撃間隔。

彼は、反対側の壁も同じように射出台として使ったのだ。


ミモザは冷静に察した。

ジークは直線移動しかできない。

少しなら軌道を変えられるだろうが、

そんなことをしたら勢いが落ちる。


そして、突進を行うのにいちいち足場を必要とするのは大きな弱点だ。

ミモザはそんな物を必要とせず、縦横無尽に動き回ることができる。

水中ではやはり、彼女の方が一枚上手なのだ。




ジークは彼女を侮っていた。

そして力の差を思い知り、後退した。

だが、捕まえるのを諦めたわけではない。

地下室のある廊下まで戻り、空気を補充するだけだ。



最大限まで空気を溜め込んだジークは再び戦場へと飛び込んだ。

ミモザの方が有利であることは百も承知だ。

だが、それでも勝算が無いとは言い切れない。


彼女が水中でどれだけ自由に動けようと、

腕力では完全にこちらが上回っている。

一度でも体に触れることができれば勝利は確定する。


それに、魚人族は魚ではない。

なんだかんだ地上で生活する種族であり、

いつかは空気を必要とする瞬間が訪れる。

碌に体を鍛えた経験など無いであろう彼女なら尚更、

追い回しているうちに必ず()を上げるはずだ。


そしてミモザの影を捉えたジークは、先程と同じく突進を繰り出した。

しかし全く同じ軌道というわけではなく天井や床も使うようになり、

更に、突進中に体を反らせるなどして攻撃のバリエーションを増やした。


が、先にミモザが読んでいた通りになった。

横だけでなく縦からも攻撃されるようになったが、

結局は単調な直線移動なので、その全てが当たらない。

突進中の軌道変更はむしろボーナス行動だ。




ジークは空気を補充するべく、再度後退した。

彼の攻撃は一度も当たらず、ミモザの体力はまだ余裕そうだ。

第2ラウンドも彼女の勝ちということでいいだろう。


ジークは少し笑っていた。


彼はかつて、アリサに『暴力では武力に勝てない』と教えたことがある。

そして宣言通り、闇雲に突っ込んでくる彼女を武力で制した。

それが今はどうだ、自分には一直線に突撃することしかできず、

格下に見ていた小娘に手玉に取られている。


「また負けるかもしれんな……」


ジークは大きく息を吸い込み、水中に潜っていった。

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