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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『姉妹戦争』編
131/150

壁4

カチュアはいつになく慎重だった。


地下にあるという極上ワインを求めて行動に移した彼女は、

いつもなら本能の赴くままに目的の場所に直行しただろうが、

今回だけは違ったのである。


彼女は、それを独り占めしたいと考えたのだ。

忠誠を誓っている王女とも、同格のジークとも分け合いたくない。


この情報を知っているのは自分だけだ。

地下に警備なんていない事実も自分だけが知っている。


ならば、手に入れるしかない。


一口で天国を味わえる極上の逸品を。




カチュアはまず、待った。


ニックたちが帰ってくるのを待った。

夜を待った。彼らが眠るのを待った。


次にジークを待った。

彼が食事を作り、地下室の囚人に運び終えるのを待った。


そこまで我慢して待ち続け、とうとう彼女は動き出した。



地下室へと続く螺旋階段には重力結界が張られており、

タチアナよりも非力な彼女には酷な環境だった。

平常時であればすぐに引き返しただろうが、

強い目的意識のある今ならどうにか気合いで耐えられる。


カチュアは顔を真っ赤にしながらも進み続けた。

極上ワインの待つ地下室へと。


存在しないそれを求めて。



目的の場所に着いた頃には、カチュアの顔は汗と涙と鼻水でグシャグシャだった。

とてもみすぼらしく、誰が彼女を騎士だと思えようか。

だが、今は見かけなどどうでもよい。

彼女は辿り着いたのである。


地下室へと。


カチュアは鍵を持っていない。

が、それは問題無い。針金一本あればいい。

彼女は手先の器用な鼠人族の中でも、とりわけ解錠スキルに優れているのだ。

そしてそれを証明するが如く、ゴツい錠前に針金を挿してから

少しカチャカチャと動かしただけで道は開かれたのだ。


解錠成功。


いざ、オールドヴィンテージワインの待つ酒蔵へ──。




「えっと、あなたは確か……

 カチュア様と仰いましたね

 一体どのようなご用件でこちらに?」


地下室の囚人が疑問を口にする。

食事なら、ついさっき届けられたばかりだ。

彼女の机にはまだ温かい野菜と香草のスープ。

塩加減はちょうどいい。歯応えの良いパンもある。


「ふん、なんでもない!

 貴様は気にせず、食事を続けるがよい!」


そう言い放ち、カチュアは部屋の隅をゴソゴソと調べ始めた。


囚人はポカンと口を開けている。


扉も開いている。


これは罠か?それともチャンスなのか?

彼女は判断に迷った。



とりあえず、彼女は聞き耳を立てることにした。


扉のそばには誰もいないが、何者かが階段を降りてくる。

1人ではなく3人。小男と大男、それと少女の組み合わせだ。

3人とも武装はしていない。どうやら兵士ではないようだ。

だが、完全な一般人というわけでもないらしい。

彼らは余計な物音を立てないように注意深く歩いている。

こないだ部屋の前を通り過ぎた魚人族のような素人ではない。

だとすると彼らは冒険者あたりだろうか。しかし、なぜこんな所に……?


まあ、考えてもしょうがない。

なるようになれ、だ。



囚人だった彼女はスタスタと歩き、地下室の外へと出た。

そして何かを探すのに夢中なカチュアに気づかれないように

そっと扉を閉め、忌々しい錠前を掛けてから階段の上を目指した。


当然だが、カチュアの手先がいかに器用であろうとも、

部屋の外にある錠前をどうこうすることは不可能である。


カチュアは、自分が閉じ込められたという事実をまだ知らない。




ニック、ブレイズ、サロメは地下室へと続く螺旋階段を降りていた。

聞いていた通り、重力結界の負荷が体に堪える。

3人の中で一番体力のあるブレイズは自分1人だけで降りると提案したが、

他の2人にも冒険者としての意地があったし、仲間なのだ。


カチュアの他にもまだ敵がいるかもしれない。

特にジークと鉢合わせたら1人ではどうにもならない。

念には念を入れて行動するべきだろう。


……と警戒しながら歩いていると、下から女性が現れた。


「あら、サロメちゃんじゃない

 お久しぶり 元気してた?

 あなたの足音だったのね

 そっちの2人はお仲間さん?」


彼女の名はネリ。

アンディ王子に仕える、兎人族の侍女である。


平静を装おうとしているが、額からは大量の汗が噴き出しており、

息遣いもどこか荒々しかった。

彼女もまた、重力結界の洗礼を受けて疲弊していたのだ。


初対面のニックとブレイズはネリを怪しんだが、

面識のあるサロメは、彼女が信用できる人物だと知っている。

禁断の書の解読作業に参加していた頃に仲良くなり、

悩み事がある時など、よく話を聞いてもらったものだ。




とりあえずネリは簡潔に自己紹介し、

地下室に閉じ込められていたこと、カチュアを閉じ込めたことを伝え、

下に降りる必要は無いと判断した一行は作業部屋まで引き返した。


「……んじゃあ、王子は一緒じゃなかったんだな?

 ミモザの姉ちゃんの読みが外れちまったなあ

 ここじゃないとなると、一体どこにいんだろうな?」


「さあ、残念ながら私も存じ上げません

 ただし王女には禁断の書を解読できる者が必要ですので、

 無事であることはほぼ間違いないかと……」


王子の行方は気になるが、サロメには他にも気になることがあり、

どうしてもはっきりさせておきたかった。


「あ、あのっ

 ネリさんはどうして地下室に閉じ込められていたんですか?

 あなたが解読作業の手伝いをしてくれていたのは事実ですが、

 それは解読そのものじゃなくて、皆さんの食事の用意とか、

 掃除とか洗濯とか、そういう身の回りの世話だったはずです

 王女にとって監禁するメリットは無いと思うんですけど……」


「おいおい、サロメよぉ

 ちょっと考えりゃわかることじゃねえか

 あのクソ王家が得意とする伝統的な手法があっただろ

 このネリの姉ちゃんは王子を従わせるための人質なんだよ

 俺たちだって昔、あいつらに監禁されて……あっ」


()()に気づいたニックは、ブレイズと顔を見合わせる。



「「 あそこか! 」」

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