残されし者10
「おい、やべえぞ……
また来るぞ……!!
どうすりゃいいんだよ!?」
「どうしたんだアリサ、急に慌てて……
一体何が来るというんだ?」
取り乱すアリサを不思議そうに見つめるパメラ。
どうやらフィンにも紫の霧は見えていないようで、
ただ一人、アリサだけが事態の深刻さを把握していた。
否、もう一人。
「あれは紫の霧……魔女の呪いです!
幻術の影響であなたたちには見えてないんです!」
「何……!?」
パメラは紫の霧と聞き、商人の言葉を思い出す。
彼は王国の外側からその様子を見ていたのだ。
石化した人々は誰一人として怯えた表情をしていない。
なるほど、内側からは見えない仕掛けが施されていたのか。
……などと感心している場合ではない。
「結界のある城まで急いで……は間に合わないか
今すぐ迷宮へ引き返して……いや、それもダメか
……くそっ、一体どうすればいい!?」
想定外の状況に直面し、混乱するしかない。
どうにかして最適解を導き出したいが、時間が無い。
パメラは両手で顔を覆い、思考を加速させた。
「わたしは呪いを無力化する結界を張れるんです!
今すぐわたしを解放してください!
間に合わなくなっても知りませんよ!?」
呪いを免れた魔法使い……。
確かにこの状況を打開できそうな人物は彼女しかいない。
だが、信じてもいいのだろうか。
まだ素性を調査していない。
彼女が石の魔女、もしくはその仲間の可能性もある。
それでも今は他に打つ手が無い。
パメラはサロメの拘束を解き、
再び両手で顔を覆い、集中した。
誰かの体温を感じる。男の手。フィンだ。
ああ、こいつも怯えているのか。
見えない攻撃が迫っている。不安になって当然だ。
だからといって頭を撫でてくるのは一体なんなんだ?
まさかこの男、私が泣いているように見えたのか?
考え事をする時の癖なんだが、誤解させてしまったか。
思考の邪魔だが、少し安心してしまう自分が恥ずかしい。
やめろ。本当に泣きたくなるではないか。
『疾風よ、舞え……!』
自由になったサロメは早速呪文を唱え、
その足元から上空に向かって強風が吹き上がった。
それは回転し、螺旋を描き、小さな竜巻へと成長する。
「パメラ!! フィン!!
来るぞおおおぉぉっ!!」
紫の暴風がアリサたちを飲み込む。
吹き飛ばされそうなこの感覚、しかし実体に影響は無い。
風のバリアは紫の竜巻へと変わり、中の者を呪いから守った。
暴風はまだ止まず、前回よりも長く、そして激しかった。
それは魔法に疎いアリサでも、強化された呪いなのだと確信に至る。
永遠にも感じた数秒の後、嵐は過ぎ、空は青く晴れていた。
「ふう……
なんとか間に合いましたね
危ないところでした……」
「…………ねえ」
「はい?」
「……ふざけんじゃねえええええぇぇぇっ!!!」
慟哭するアリサを、サロメは半笑いで見つめる。
そこには、“寄り添う男女の像”が出来上がっていた。
パメラとフィンは石になった。
「呪いを無力化できるって言ったじゃねえか!!
なんでこいつら石になってんだよ!?
なんでおめえだけ助かってんだよおぉぉ!?」
アリサの問いに、キョトンとした顔で答える。
「え、どうかしましたか?
わたしにはそれができると言っただけですよ?
おかげでほら、この通りわたしは助かりました
……あ、もしかしてその人たちも助けてほしかったんですか?
だったらそう言えばよかったのにぃ〜
言葉が足りないんですよ、劣等種族は」
「……てんめえええええぇぇぇっ!!!」
アリサは斧を振りかぶり、サロメの脳天に狙いを定めた。
こいつが石の魔女だろうが、何者であろうが関係ない。
ただ確実にわかっていることは、彼女が敵であることだ。
『疾風よ、舞え……!』
例の、風を操る呪文。
迷宮では不本意な結果に終わったが、
その時の比ではない突風が巻き起こり、
アリサは上空へと吹き飛ばされた。
『大地よ、穿て……!』
アリサの着地点一帯に無数の針が出現する。
そのまま落ちれば待っているのは死あるのみ。
アリサは空中で歪んだ大盾を構え、
ここまで持ち堪えた防具の性能を信じて針の床へと落下した。
落下の衝撃で肋骨が折れ内臓に突き刺さるも、まだ心臓は動いている。
所詮は土の針、鉄の盾を貫通するには至らなかった。
しかしまだ安心はできない。サロメの攻撃は続く。
『火炎よ、爆ぜろ……!』
術者の周囲に10を超える火球が発生し、
それぞれが蛇行しながら標的に迫り、
着弾したものから順に爆発していった。
「ぐああああぁぁぁっ!!!」
並の生物なら一発でも致命傷になり得る火球を全て受け、
それでも立ち上がろうとするアリサのしぶとさにサロメは眉をしかめる。
『火炎よ……くっ…………!?」
彼女は呪文を唱えようとしたが、中断せざるを得なかった。
今回の魔女の呪いは想像以上に強力なものであり、
自分でも気がつかないうちに多くの魔力を消耗していたのだ。
軽い立ちくらみを起こし、これ以上の魔法の使用は危険だと判断した。
あの竜人に近づくのは得策ではない。
たとえ死にかけの状態でも油断は禁物だ。
サロメは危険な賭けを好まず、慎重な性格だった。
「……仕方ないですね
わたしは優しいので見逃してあげましょう
解除薬の材料を1個でも拾っておきたかったですが、
それを買い取る国民も残ってないでしょうし、
どうせもうこの国は終わりです
こんな大陸に留まる理由は無いので、これで失礼しますね
そうそう、あなたがいきなり襲い掛かってきたことは
他の大陸の冒険者ギルドに報告しておきますね
それでは、一生さようなら〜」
そう言い捨て、手首をぷらぷらさせながら立ち去るサロメ。
「くそっ……待て……!
待ちやがれえええええぇぇぇっ!!!」
アリサの叫びは虚しく響き渡り、
またしても彼女は一人残された。
──夜になり、アリサは体が動かせるのを確認し、
石像になった仲間を担いで城へと歩き出した。




