壁1
銀騎士団員によるストライキ騒動の収束から10日が過ぎ、
本部の執務室には団長のミモザ、親衛騎士のキリエ、
冒険者のニック、ブレイズ、サロメ、
そして竜人族の少年リュータローの姿があった。
彼らはこれより最後の戦いに挑もうとしていた。
サロメの読みが当たり、リュータローは禁断の書の解読を頭の中で終えていた。
そこで判明したフレデリカ王女の能力は3つ。
“石化の瞳”、“支配の瞳”、“重力結界”。
“石化の瞳”は王妃が使用していた“石化の霧”の亜種で、
視線が合った者を石像に変えてしまう能力だ。
霧よりも効果範囲は狭いがそのぶん強力で、
耐性があるはずのタチアナが石化した理由として説明がつく。
“支配の瞳”はフィンを誑かした能力だろう。
これもまた視線を合わせるのが前提で、
この幻術にかかった者は命令に逆らうことができなくなる。
ある意味、最も恐れるべき呪いだろう。
そして“重力結界”。
ミルデオン城の地下でミモザが体験した能力だ。
体が鉛のように重くなり、それは時間経過と共に負荷が増してゆく。
警戒すべきは、それがただのまやかしではないという点だ。
実際に重量が増すので、対抗するにはそれなりの筋力が必要となる。
とりあえずラスボスの攻略法は確立した。
“目を見なければいい”。
理論上、王女と視線さえ合わせなければ呪いは防げる。
重力は気合いでゴリ押す。
体を鍛えていないミモザでも螺旋階段を昇降できたのだ。
負荷が増す前に魔封じの縄で縛ってしまえば、それで終わるはずだ。
以上だ。
リュータローがいれば王子救出は諦めてもいいのかと言われると、それは違う。
彼がいかに天才であっても、呪いに関する知識は王子の方が詳しいのだ。
アンディ王子はミルドール王国を救いたい一心で勉学に励み、
その半生を魔法の研究に捧げてきた男だ。
そんな彼が『ついに発見した』という何かを、
リュータローには見つけることができなかった。
彼らには決定的な差があった。
目的意識。
そして、培った経験の差が。
──魔女討伐の第一陣として、
まずはニックとブレイズが敵地へと足を踏み入れた。
「おい、そこの2人! それ以上近づくな!
ここがどういう場所だかわかっているのか!?」
彼らは早速、兵士たちに止められた。
「どういう場所、ってそりゃあ……王女様のいる庭園でしょ?
俺たちは仕事を依頼されて来たんですがねえ」
「何、仕事だと!?
そんな話は聞いてないぞ!
一体どんな仕事を依頼されたと言うのだ!」
ニックはポリポリと頭を掻き、カバンから一枚の書類を取り出した。
「むっ、これは……ギルドの依頼書?
内容は……壁の修理だと?
おい、確認するからそこで待っていろ!」
それはリュータローが偽造した依頼書だった。
彼はギルド職員の筆跡を完璧にトレースし、
本人が見ても疑わないレベルの書類に仕立て上げたのだ。
そして、彼が筆跡をトレースしたのはギルド職員だけではない。
「おい!
なんだこれは!
我はこんな依頼を出した覚えは無いぞ!」
王女の腰巾着、カチュア。
この仕事の依頼主は彼女ということになっている。
「そうは言われましてもねえ……
聞いた話によると依頼を出した時は夜遅かったし、
ベロンベロンに酔っ払っていたそうじゃないですか
記憶が飛んでいてもおかしくないですよねえ?」
「むっ……ぐむむむむ!
姫様に確認を取るから、少し待っていろ!」
カチュアは急いで引き返す。
このやり取りでニックは確信した。
彼女はこちらを覚えていない。
親衛騎士団の面々とは、アリサを通じて何度か顔を合わせたことがある。
何度も食事を共にしたし、何度も酒を酌み交わした仲だ。
が、まるで初対面だった。
それは都合がいいのだが、どこか寂しい気持ちがあるのも事実だった。
「──カチュア、まったくあなたはまた勝手なことをして……
でもまあ、いいでしょう
あの壁が崩れたままでは落ち着きませんからね」
王女の言葉に、カチュアはホッと胸を撫で下ろした。
身に覚えはないが、とにかく許された。
あの壁が壊れている事実を知る者は少ない。
王女、親衛騎士団、ジーク、貴族の少年たち、一部の兵士。
それ以上知られる前に、さっさと直してしまいたい。
フレデリカはそう考えたのだ。
その決断により、敵の潜入が成功するとも知らずに。
壊れた壁を見定める2人に巨漢が話しかけた。
言わずもがな、最強の武人ジークである。
ニックはそれを予想していたが、あえて驚いたフリをして反応した。
「え、ちょっ……アンタ、なんでこんなとこにいるんだよ!?
部下の罪を全部背負って、懲役150年って話じゃねえのかよ!?」
ジークは苦い顔をする。
頭の悪いカチュアとは違い、彼はニックとブレイズを覚えていた。
国王の命令に従っただけとはいえ、この2人を監禁した事実を覚えている。
「我は王女殿下のご厚意により、特別に釈放を許された身だ
お主らにとっては到底納得できる話ではないだろうがな……
信じてもらえぬだろうが、我はあの時のことを後悔している
赦しは乞わない 恨まれて当然のことをしたのだ
だが、これだけはわかってほしい
騎士には、男には、父親には……
この命に代えてでも守らねばならない存在があるのだと……!!」
その言葉で、ニックは真相に辿り着いた。
ジークは愛娘を人質に取られていたのだ。




