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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『姉妹戦争』編
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抗う者たち5

ゴブリンのニックに前衛を張れるような体力は無く、大した魔法も使えない。

多少すばしっこくて器用ではあるが、一番の特徴は小賢しいことだ。


彼は自分が弱いことを重々自覚しており、

強敵相手に真正面から挑むような愚行は犯さない。


彼は、自分よりも弱い敵に目をつけたのだ。



ミモザが城に潜入していた頃、ニックは民家の屋根から庭園を見張っていた。

あの場所は今、王女が生活の拠点としており兵士たちが守りを固めている。


やはり王女が近くにいるからか彼らの士気は高く、

城の門番のように居眠りをしている者は1人もいない。

どうやら兵士は中に入ることを禁じられており、

一度入ってしまえばこっちのものだ。

だが今は侵入する手段が無いし、その必要も無い。


ニックは時が来るのを待った。




深夜、月が傾きかけた頃にそれはやってきた。


庭園から出てきた彼女は大きなあくびをしながら馬車に乗り込み、

御者席を蹴って「早く出さんか馬鹿者!」と罵声を浴びせた。


ニックの狙いは王女ではなく、その腰巾着であるカチュアだった。


物陰から物陰へと移動しながら馬車を先回りし、彼女の様子を窺う。

住所ならミモザから聞いているが、行動パターンを把握するために

こうしてコソコソと嗅ぎ回っているのだ。


彼女は馬車の中で高級チーズを齧り、食べカスがボロボロと床に散乱する。

喉が渇いたら高級ワインをグビグビと飲み込み、品性の欠片も見当たらない。

ああいう下品な飲み食いの仕方は久しぶりに見た。

元からああなのか、それともクソ王家式のテーブルマナーに染まったのか。

見えていない所では王女もあんな飲み方をしていそうだ。



しばらくして馬車は目的地へと到着した。

上流貴族街にある、小さな彼女には無駄に大きすぎる豪邸。

カチュアは馬車を降りるなり御者に「朝までに綺麗にしておけ!」と怒鳴り、

わざと飲み残したワインを床にぶち撒けてから屋敷へと向かった。


玄関が開くとそこには顔立ちの整った青年たちが整列しており、

一斉に「おかえりなさいませ、お嬢様」と合唱して主人を出迎えた。

すると先程まで不機嫌そうだったカチュアの顔がにやけ面に変わり、

彼らの背後に回ったかと思えば、おもむろに尻を揉み出したではないか。


扉が閉まったのでその後彼らがどうなったかは不明だが、

あの女は国民の血税で欲望の限りを尽くしているのは間違いない。



カチュアの姿が見えなくなっても、ニックの観察は続いた。

彼女の帰宅から少しして2階の東側の部屋が明るくなったので、

おそらくあそこが寝室なのだろう。

カーテンで覆われているので中を覗くことはできないが、

数体の人影が動いているのは確認できた。


小さな影は当然カチュアとして、大きな影は先程の青年たちだろうか。

彼らはダンスでも踊っているのか、体を寄せ合っているように見えた。

何をしているのかはわからないが、確認する必要はないだろう。


寝室の明かりが消えた後、玄関から2人の青年が飛び出した。

1人は口を押さえながら涙を流し、もう1人が彼の背中をさすっていた。


きっと飲み過ぎたのだろう。




やがて朝になり、カチュアは例の美青年たちに見送られ、

御者が一晩中掃除してピカピカになった馬車に乗り込んだ。

意外にも、彼女は昨晩のような尊大な態度ではなかった。

その顔は上機嫌そのものであり、まるで無垢な少女だ。


充分な朝食を取ってきたのだろうか、

馬車の中ではおとなしく過ごし、何も口にしなかった。


そういえば彼女の種族は鼠人族。

基本的には夜行性の習性ゆえに、

他種族の生活リズムに無理矢理合わせると

大きなストレスを抱える者も多いと聞く。

昨晩見せた一連の行動はそれが原因なのだろうか。



庭園前で馬車を降りたカチュアは兵士たちに敬礼で出迎えられ、

騎士の顔になった彼女は一言「うむ」と返し、彼らの列に加わった。

背筋をピンと伸ばし、口を固く結んで表情は崩さない。

彼女は欲望に忠実ではあるが、どうやら職務にも忠実のようだ。


それから半刻後に中から出てきた王女に対して兵士たちと共に敬礼し、

王女はカチュアだけを連れて庭園へと戻っていった。


昨晩からジークの姿が見えないのが気掛かりだが、

彼の存在が秘密だとすると、どこかに専用の出入り口があるはずだ。

それを探し出すことができれば兵士の目を掻い潜れるだろうが、

今はまだ何も心当たりが無い。




とりあえず今できることは他になさそうだ。

大した情報を得ることはできなかったが、

これ以上この場に留まっても意味が無い。


ニックは情報を擦り合わせるため、銀騎士団本部へと向かった。

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