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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『姉妹戦争』編
125/150

抗う者たち4

キリエはサロメを背に乗せて走った。

目指すは北のアル・ジュカ共和国。

そこには“彼”がいる。


禁断の書を解読できるのはアンディ王子とグレンだけではない。

そもそも彼らに解読のヒントを与えたのは、これから迎えに行く“彼”だ。


リュータロー。


まだアル・ジュカが公国だった頃に奴隷として扱われ、

紆余曲折を経て自由の身となった竜人族の天才少年。


解読作業が始まって間もない頃、彼はいち早くそれが暗号であることに気づき、

さりげなく伝言を残して王子たちの手助けをしていたのだ。

王子たちは彼の正体を察してチームに加えようか悩んだが、

料理人になるという夢を叶えさせてあげたかったので断念した。


だが今、事態は一刻を争う。

フレデリカ王女が成人するまで、あと1ヶ月を切っているのだ。

おそらくそれがタイムリミットとなるだろう。


禁断の書が手元に無くとも、彼の記憶力なら内容を全て暗記しているかもしれない。

そして、既にそれを全て解読済みという可能性も考えられる。

とにかく実際に会って確かめるしかない。


町の人々は王女の成人を盛大に祝福するための準備を進めており、

誰もが幸せそうに笑い合い、浮かれている。


これから最悪の暴君が誕生するとも知らずに。




夜が明け、山岳地帯までやってきたキリエは足を止めた。


体力が尽きたのではない。

目つきの悪い獣人の集団が山道を塞いでいたのだ。


2人の脳裏をよぎったのは“山賊”の単語だった。


かつてアル・ジュカで起きた内乱で獣人たちは勝利を収めたが、

武器を手にしたことで悪の道に走った者も少なくない。

しばらく前に山賊団は壊滅したという話を聞いていたが、

まさか生き残りがいたのだろうか。

それとも新たに結成した者たちだろうか。

いずれにせよ、邪魔をするならこちらにも考えがある。


キリエは奥歯を食い縛った。



「おいおい、そんな怖い顔すんなよ

 俺たちゃ悪党じゃねえから安心してくれ」


「まあ、昔は色々とやらかして捕まったりもしたけどな!」


「おい馬鹿!

 余計なこと喋ってんじゃねえ!」


一番でかい男が、痩せた男の頭をひっぱたく。

おそらく彼がこの集団のリーダーなのだろう。



「……なあ、嬢ちゃん

 この辺でセシルって女を見かけなかったか?」


「俺たちは王女様からそいつの監視を頼まれてたんだけどな、

 あの女、ちょっと目を離した隙にどこかへ消えやがった!」


「だから余計なこと言うんじゃねえ馬鹿!」


口を滑らせた男はもう一度叩かれる。



「とにかく……だ

 もしこの先セシルに会ったら、俺たちに教えてくれると助かるんだが」


「任務に失敗したら、牢屋に逆戻りだからな!」


「この馬鹿!」


懲りない男は叩かれた。




よく見れば彼らは道を塞いでいたのではなく、落石の処理中だった。

奥には商人の馬車が待機しており、数人が休憩のお茶を頂いていた。

話からして罪人なのだろうが、根っからの悪党というわけではなさそうだ。


馬車はまだ無理そうだが、人が通れるだけの幅は確保されている。

キリエは足元に注意し、山道を登り始めた。


親衛騎士団の一員として、セシルの行方は気になる。

だが、彼女には悪いが今はリュータローとの面会が優先だ。

どこにいるかもわからない人物を探している暇は無い。


きっと、無意味な任務に嫌気が差して逃げ出したのだ。

今はそう考えておこう。


落石に巻き込まれて……いや、やめておこう。


監視対象を逃がした彼らは、牢屋に戻されるだけで済むだろうか。

王女はなんの罪も無い門番の首を刎ねたがっていたのだ。

罪人である彼らには、もっと残酷な罰を与えるかもしれない。


キリエは考えずにはいられなかった。




「……ん、忘れ物か?」


キリエたちは落石の現場に戻ってきた。


やはり放っておくことはできない。

せめてセシルが落石の下敷きになっていないかを確かめたい。


それに、彼らには伝えておかねばならない。

王女は狂っていると。



撤去作業に参加したキリエは台車を借りて運搬がてらセシルを探し回り、

サロメは一時的に身体能力を高める魔法で現場をサポートした。

それは石の迷宮での素材回収作業でも重宝されている魔法であり、

非力な彼女でも多くの人の役に立てるという事実を示していた。


彼女らの協力により、日没前には全ての落石をどかすことができた。

今から登山するには危険だと判断し、アル・ジュカ行きは明日に伸ばした。

感謝した商人は売り物の中から上等の酒や肉を皆々に無料で提供し、

草食のキリエには貴族御用達の高級ドライフルーツが振る舞われた。




その晩、キリエは自らの身分を明かした上で彼らに忠告したが、

どうやらリーダーの男は王女の異常性に薄々気づいていたようだ。


「……そうか、やっぱりおかしいと思ったんだよ

 あの優しい王女様が『できるだけセシルに嫌がらせをしろ』だなんて、

 意味のわからない命令を下すんだもんなあ

 セシルには悪いと思ってるが、囚人の俺たちには逆らう権利が無かった

 ……なんて、言い訳だよな

 誰の命令であろうと、あいつには散々嫌な思いをさせちまった

 セシルにとっちゃ、俺たちは正真正銘の悪党に違いねえ」


「彼女に会えたら伝えておきます

 あなたたちが後悔していたと……

 それより、この件が知られる前に逃げた方がよろしいかと

 今の王女はとても危険です

 最悪の場合、石の魔女の再来になる可能性も否めません」


「魔女の再来ねえ……これで何度目だ?

 ミルドール王国はつくづく呪われてんなあ」


キリエはその言葉に同意し、2人は同時にため息を吐いた。

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