抗う者たち3
ミモザは慎重であった。
それは彼女が特段用心深い性格ということではなく、
タチアナのように白昼堂々と敵の巣へ潜入しようなどとは考えなかっただけだ。
ごく当たり前の判断。
彼女は夜を待ったのだ。
ミルデオン城を囲む堀。
飛び込めばドボンと音が立ち、門番たちが目を覚ます。
ごく当たり前の判断。
彼女はロープを伝い、静かに水場へと降り立った。
見上げる先には仲間たちの姿。
オークのブレイズがロープを回収し、
それ以外のメンバーはそれぞれの役割を果たすべく散ってゆく。
これよりミモザの単独潜入が始まる。
水路を抜けた先にはかつて王女が住んでいた地下室に続く廊下があり、
この時点でミモザは異変を感じ取っていた。
遠目にもわかる、ゴツい錠前。
あんなの手持ちの鍵では開けられない。
そして、重力。
風のバリアの代わりに施された、新たなる守り。
あの部屋には何かある。
だが、今調べる必要は無い。
どうせ解錠できないのがオチだ。
ここは諦めて別の場所を探るべきだろう。
ミモザは中にいる者に気取られないように音を殺し、
歯を食い縛りながら螺旋階段を這い上がっていった。
そこには誰もいなかった。
もぬけの殻。それ以外の表現が思い浮かばない。
深夜だからといって、見回りの兵士すらいないのはおかしい。
それは侵入者にとっては好都合だが、あまりにも不自然であった。
この城は重要ではないのか?
そう考えようとするが、さっきの地下室を思い出す。
アンディ王子が囚われているとしたら、きっとあの場所だろう。
だが助け出そうにも鍵が無い。
今話しかけたところで無駄な希望を持たせるだけだ。
王子の救出は重要な課題だが、今は情報収集を優先したい。
偶然鍵を入手できたら助けるというスタンスでいい。
無人の廊下を進んでゆくと、部屋から明かりが漏れていた。
それだけではない。野菜と香草の煮え立つ匂いが食欲を誘う。
厨房に誰かいる。
近寄って確認するか、隠れてやり過ごすか。
ミモザは迷いなく後者を選んだ。
調理はすぐに終わり、男がスープを乗せた盆を持って出てきた。
男の腰にはゴツい鍵束がぶら下がっており、
彼は地下室の方向へと歩いてゆくではないか。
あの男から鍵を奪えば王子を助けられるかもしれない。
ミモザは王子の救出を諦めた。
その男は最強の武人、ジークだった。
不意打ちを仕掛けたところで返り討ちにされるだけだ。
ミモザは息を止め、彼の背中を見送った。
書斎もまた、もぬけの殻だった。
本棚はその役目を果たさず、何も残されていない。
壁一面に貼り付けられたメモも全て剥がされていた。
もう確定だろう。
王女は魔女になったのだ。
魔女攻略の手がかりは何かないかと城内を探し回るミモザだったが、
その後も大した情報を得ることはできなかった。
玉座の間にてもう1人の人物を発見したが、それもどうでもよかった。
一般兵のジャスティンが玉座にふんぞり返って王様気分を満喫していた。
ただそれだけである。
結局、この潜入で掴めたのは“地下室に誰かいる”ことと、
“その鍵を持っているのはジーク”という2つだけだった。
何も無いよりはマシとはいえ、もう少し有益な情報を持ち帰りたかった。
ミモザが合図を送ると、即座にロープが垂れ下がった。
彼女はそれをしっかりと握り、スルスルと引き上げられる。
地上に帰還した彼女はブレイズに報告しようとするが、
どうも彼は落ち着かない様子で、急いでこの場を離れるように促してきた。
ミルデオン城から離れたミモザは、どういうことなのか尋ねる。
対してブレイズはまだ何かを警戒しているようで、
キョロキョロと周囲を見回しながら答えた。
「いやあ、ミモザさんが出てくる少し前にジークさんと会っちゃったんですよ
あそこで何をしてたのか聞かれましたけど、
散歩をしてただけだと言って誤魔化しましたけどね
あの人、どこから来たと思います?
……ミモザさんと同じで、水路から出てきたんですよ
もちろん俺は手を貸したりしてませんので、
きっと生身でよじ登ってきたんでしょうね」
ゾクリとする。
タイミング次第では彼に見つかっていたかもしれない。
あの水路にはしばらく息継ぎのできない区間があり、
魚人族にしか行き来できないと思っていたが、そうでもないらしい。
彼ほどの巨漢ならば肺活量も相当なものだろうし、
もし苦しくなっても不屈の精神力で乗り切るだろう。
しかし、なぜ正門を通らないのか。
それはきっと、まだ彼が釈放された事実を隠しておきたいのだろう。
フレデリカ王女はクソ父親がかつてそうしたように、
盛大なパーティーの席で発表するというサプライズを企んでいるのだろう。
その時、ミモザは閃いた。
魔女討伐における最大の壁、ジークを倒す方法を。




