抗う者たち2
これは推測だが、おそらくアンディ王子は無事だろう。
王女が禁断の書を利用するには、それを解読できる人物が必要だからだ。
同じくグレンも解読に携わっているが、彼はどうだかわからない。
独特な魔術を使えるのでなんらかの利用価値はある。
それに彼は他国の者であり、詳しい素性は明かされていないが
魔道学院に通っていたことからもそれなりの身分であると窺える。
彼の身に何かあれば国際問題にも発展しかねない。
国王代理として国を動かしてきた王女は弁えているはずだ。
これもまた推測だが、2人はミルデオン城に幽閉されている可能性が高い。
キリエが門前払いされた件、王子との謁見を阻まれた件からも
あの場所には何かがあると怪しむには充分な根拠がある。
「ところでタチアナの姿が見当たらないのですが、
彼女は今どこで何をしているのですか?」
ミモザはギクリと表情を強張らせた。
王女が禁断の書に手を出したのが事実だとすると、
いよいよ最悪のシナリオを想定しなければならない。
あの石像はタチアナ本人であると。
今までの治療薬が通用しない、新たな呪いの産物であると。
しばしの沈黙に一同は首を傾げる。
ミモザは強く目を瞑り、いかにも重大な考え事をしている風だった。
その態度でキリエは察したのだろう。
相棒に関して悪い知らせがあるのだと。
「──ミモザお姉様、教えてください
タチアナの身に何があったのですか?」
意外にも、その声は冷静だった。
ミモザが少し安心してキリエの顔を見上げると
彼女のこめかみにはビキビキと血管が浮き上がっており、
かつて少年たちを病院送りにした時と同じ目をしていた。
燃料を投下すればすぐにでも爆発するだろう。
だが、もう真実を隠し切る自信は無い。
ミモザは自分自身の言葉を思い出した。
『悪い知らせほど早く伝えろ』と。
普段、部下たちに口を酸っぱくして言い聞かせてきた教えだ。
騎士団長の自分がそれを守れないでどうする。
キリエの身を案じて黙っているつもりだったが、
彼女はもう感情の制御ができない幼子ではない。
信じてやるべきなのだ。彼女の理性、成長を。
それでも保険を用意しておくに越したことはない。
キリエがブチ切れて敵陣に単騎突入などしないよう、
この中で一番ガタイのいいブレイズを扉の前に立たせたのだ。
「キリエ
これからアンタにある物を見せるけど、
できるだけ感情的にならずに、最後までアタシの話を聞いてちょうだい」
その前置きにキリエが頷くのを確認し、
ミモザは石像を覆っていた布を取り払った。
部屋には「ギリッ」という音が響いた。
状況からして、キリエが奥歯を噛み締めたのだろう。
ニックは眉間にシワを寄せて片目を大きく見開き、
ブレイズはポカンと口を開けたまま突っ立ち、
サロメは両手を口に当てて驚きを隠せなかった。
あんな話をした後だ。
全員、それが“タチアナだった物”だと一瞬で理解できた。
再びキリエに目を移すと、彼女はあからさまに不機嫌であった。
今にも飛び出しそうな雰囲気だが、彼女はここにいる。
理性はある。それが確認できてひとまず安心だ。
「アタシは可能性の話をする気は無いわ
みんなが直感した通り、この石像はタチアナが
呪いの力によって変えられた姿だとして話を進めます」
ミモザは決断した。
どうせ、ああだこうだと予想したところで答えは出ない。
真実を知っているのは、今この場にいない者たちだ。
フレデリカ王女は最も真実に近い人物だろうが、
それゆえに迂闊に近づくべきではない。
王妃、国王に続き、今回討つべき敵は彼女なのだ。
もし石の魔女をも越える力を持っているとすれば、
対策無しで挑めば自分たちも石像にされるのがオチだ。
接触するならばアンディ王子、及びグレンだろう。
彼らは鍵となる禁断の書の解読に成功したのだ。
そのせいで王女が邪悪な力に目覚めてしまったが、
それに対抗するには彼らの協力が必要だ。
「──よって、アタシたちがまずやるべきことは王子の救出よ
王子が見つからなければ、べつにグレン君でも構わないけどね
とにかく呪いへの対抗策を得ないと話にならないわ
この新たな呪いには今までの治療薬が効かないの
でも王子が発見した“治療薬無しでも石化を治す方法”があれば、
とりあえず敵の脅威度は確実に減らせるはずよ」
その方法が新たな呪いにも通用するのかわからない。
それどころか、そもそも古い呪いを治せるのかも不明である。
だが、今はその小さな希望に縋りつくしかない。
何もしないよりはマシだ。試してみないと結果は出せない。
「んで、一番怪しいっつうミルデオン城にはどう侵入する気なんだ?
正面から行きゃ、何も悪くない門番の首が飛んじまうんだろ?
空からなら楽勝だろうけど、肝心のタチアナ嬢ちゃんがなあ……」
ニックはチラリと石像を見やる。
情報収集のエースが欠けたのは大きな痛手だ。
敵はそれをわかった上で彼女を狙い撃ちしたのだろうか。
だとしたら警戒を怠ってはいけない。
それだけ情報の重要性を理解しているということだ。
こちらの動向を探られているかもしれない。
「正面はダメ、上からもダメ……
それなら下から行けばいいじゃない」
「下からだと?
穴でも掘ろうってのかよ
そりゃ時間も労力がかかるってもんだぜ」
否定しようとするも、それが見当違いな意見であることにすぐ気づく。
ミルデオン城は堀に囲まれている。
そしてミモザは下半身が魚の種族、魚人族なのだ。
「……ああ、水路か」