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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『姉妹戦争』編
122/150

抗う者たち1

「へへっ、しばらく見ねえうちに随分と出世したじゃねえかよ

 あの飲兵衛(のんべえ)の姉ちゃんが今や騎士団長様とはね……」


そう賛辞だか悪態だか判断しづらい言葉を放ったのは

王国を救った英雄アリサ……ではなく、緑色の肌をした小男であった。


彼の名はニック。

ゴブリン種族の冒険者だ。

身体能力も魔法技術も微妙な弱小種族だが、

弱者なりに生存本能を働かせ、種の繁栄に成功した者たちの末裔だ。


ゴブリンという種族を一言で表せば、小賢(こざか)しい。

とにかく生き延びるのに必死で、それゆえに生き残ったのだ。

数の利、地の利を最大限に活かす機転に優れ、現金主義者である。

その現実的な思考が冒険者パーティーの統率者に向いており、

ここまでリーダーとして仲間を導いてきたのだ。



「俺たちなんかが役に立てるかはわからないけど、

 頼られた以上は全身全霊をもって努力させてもらう!」


オーク種族の冒険者、ブレイズ。

よく『知能を犠牲に肉体強度を得た種族』などと揶揄されるが、

実のところ全然そんなことはなく、偏見と言わざるを得ない。


言うなれば、彼らは完全に人間の上位種族である。

身体能力はもちろん、亜人種ゆえに魔法能力でもわずかに上回っており、

言語能力、計算能力共に日常生活で問題無く通用するレベルなのだ。


ただ一つ欠点があるとすれば、信念の強さだろう。

それは長所にも聞こえるが、裏を返せば“融通が利かない”ということでもある。

全員がそうとは言い切らないが、種族全体の傾向としてそうなのだ。



「フレデリカ様については少しだけ警戒していましたが、

 まさかこんなことになるなんて想像もつきませんでした

 注意深く見守っていれば今回のような事件は起きなかったかもしれません

 解決のために協力は惜しみませんので、なんなりとお申しつけください」


エルフ種族のサロメ。

彼女には半分人間の血が混ざっており、

ハーフエルフと呼ばれる特例個体として知られている。


国王が暴走した際、彼女は現場にいなかったので戦力は不明だ。

しかしこれまで冒険者として生きてこれたのだから、

それなりの実力はあるとみて間違いないだろう。


そしてもう一つ、彼女には期待していることがある。

アンディ王子やグレンと共に“禁断の書”の解読を試みていたという事実。

その書物の内容だけでなく、王子たちの行方を掴めるかもしれない。




サロメは期待に応え、自身が知り得る情報を伝えてくれた。


「あれはひと月ほど前のことです

 私たちは禁書の解読に難航していたのですが、

 ある夜、酒場から帰ってきた王子が突然閃いたのです

 彼はベロンベロンに酔っ払っていましたが、

 その理論は実に合理的で、今まで不明だった謎が一気に解けてゆき、

 たった一晩で半分以上の解読に成功しました

 その成果はすぐに王女の耳にも届き、

 彼女が大はしゃぎしていたのを覚えています」


キリエとミモザは神妙な面持ちで固唾を呑む。


悪い予感は的中していた。

やはりこの件には禁断の書が関わっていたのだ。


「翌日、庭園に呼び出された私は

 『解読成功の件は黙っているように』と多額の報奨金を渡されました

 疑問はありましたが、王国を滅亡寸前にまで追い込んだ書物ですし、

 王女には何か考えがあるのだろうと勝手に納得してしまったのです

 ……それから私は城への立ち入りを禁止されました

 できれば最後まで見届けたかったのですが、

 異国の冒険者にはこれ以上関わってほしくないと拒絶され、

 解読班からの追放を受け入れるしかありませんでした」


「それで……例の本にはなんて書いてあったの?

 “洗脳”とか“記憶を消す”とかで思い当たる魔法はある?」


その質問に頭を捻って思い出そうとするが、該当する禁術は記憶に無い。

というか当時の王子とグレンは極度の興奮状態に陥っており、

学術的な専門用語がバンバン飛び交うせいでサロメにはついていけず、

ただ言われた通りにメモを取るだけで精一杯だったのである。


「王子はいつも口癖のように言ってました

 『呪いには必ず、それに対応する解除用の魔術が存在する』と……

 彼がエクストリア魔道学院への入学を決意したのは、

 その古い仮説に希望を見出したからだそうです

 そんな彼が、あの夜に大歓喜しながら

 『僕はついに発見したぞ!』と泣き叫んでいました

 ……おそらく王子は悲願を叶えることができたのでしょう

 “治療薬無しでも石化を治す方法”を」


一同は目を見開き、自然と笑みが溢れた。

その話が本当だとすれば被害者たちの復活が更に加速し、

王国の完全復興がより早く達成できるのだ。



だがニックはすぐに苦い顔になり、サロメへの不満を漏らした。


「おいおい、サロメよぉ

 そんな大事な話、どうして俺たちに黙ってたんだ?

 魔法のおかげで薬が必要無くなるってんなら、

 もう石の迷宮で働かなくてもいいってことだろ?

 この1ヶ月間、無駄に肉体労働しちまったじゃねえか」


「や、だってそれ私の憶測だし……

 王子から直接確認取れるまではやめとこうって思ったんだよ

 でもこんな状況になっちゃったし、話すなら今かなあと」


尚もニックは「ケッ」と悪態をつくも、ブレイズが割って入る。


「1ヶ月前にその情報を聞いてたとしても、どうせ続けてただろ?

 こないだ酒場で飲んでた時に口を滑らせたじゃないか

 『この国に定住するのもいいかもな』ってさ」


ニックの頬がみるみる紅潮する。


言われてみれば、たしかにそんなことを口走ったような気がする。

さっさとこの大陸を離れたいと思っていた彼も、

長く過ごすうちにいつのまにか愛着が湧いていたのだ。


アリサが守ったこの王国に。


新鮮なウナギを食べられる定食屋に。


ソープランドのレベルが高い繁華街に。

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