蛇5
タチアナの像は団長の部屋に運ばれ、
とりあえず人目につかないようにした。
運搬役の兵士には口封じの金を握らせ、
彼は状況を把握していないながらも快く承諾した。
ミモザはもう一度自分に言い聞かせる。
これはただの石像なのだと。
だが、どうしても悪い考えが頭をよぎる。
タチアナは再び石化したのかもしれない、と。
先日の件といい、今の王女は何をしでかすか予測できない。
彼女と最も深い信頼関係にあったパメラが瀕死の重傷を負おうとも、
氷のように冷たい目で傍観しているだけだった。
最悪の場合、イルミナ王妃よりも強力な呪いの力を身につけた可能性もある。
もし彼女が禁断の書に手を出したのが事実だとすると、
どんな理不尽が起きてもおかしくはない。
それならば耐性があるはずのタチアナが石化した説明がつく。
が、まだそうと決まったわけではない。
目の前にある石像は本当にただの彫刻品で、
タチアナと連絡が取れないのは、ただ忙しくて暇が無いだけなのだ。
それが最良のパターンだ。
──ミモザは存分に悩んだ末、結論を出した。
確かめる方法はただ一つ。
治療薬を使うのだ。
石化経験の無い彼女は万が一の場合に備え、
すぐさま自身が復活できるように薬を確保していた。
貴重な一品だが、今はタチアナの安否が心配でならない。
天秤にかけるまでもない。
タチアナは妹同然の存在であり、かけがえのない友人なのだ。
薬なら量産できる。またいつか入手すればよい。
「えいっ!」
ミモザに多少の迷いはあったものの、思い切って治療薬をぶっかけた。
これではっきりする。
最良か、最悪か。
そして、時が過ぎた。
石像に変化は無い。
治療薬が効果を発揮しないということは、
これはただの彫刻品と考えるのが妥当だろう。
最良のパターンだった。
そう判断して当然の状況にも関わらず、
ミモザの心はどうにも晴れなかった。
まだ疑問が残っている。
“なぜタチアナの像を作ったのか”という点だ。
彼女は親衛騎士団の一員として王国復興に大きく貢献しているが、
形に残すならば、それよりも優先すべき人物がいるだろう。
英雄アリサ。
彼女を差し置いて彫像する意味がわからない。
それに、王女はわざわざこの像を見せるために
急いで本部に戻るようミモザに命令を与えたのだ。
この不愉快な贈り物には何か意味があるはずだ。
誰かが部屋の戸を叩く音が聞こえる。
続いて外の者が開けようとするが、
鍵が掛かっているために侵入を阻まれた。
今は1人になりたいが、無視するわけにはいかない。
ただの業務連絡であってくれ。
もうこれ以上、トラブルを抱えたくない。
「──親衛騎士キリエ、只今帰還いたしました!
例の任務は問題無く終えることができました!
他にも報告したい話がございますので、
扉を開けていただけると助かります!」
その声に、ミモザはつい口元が緩む。
少なくともキリエは無事のようだ。
それに例の任務を達成したということは、
フィンの家族の安全を確認できたのだろう。
久しぶりの良い知らせに上機嫌になるが、
戸を開けようとした手がピタリと止まる。
彼女にあれを見せても大丈夫だろうか。
キリエとタチアナはいつも2人1組で生きてきた。
姉妹たちの中でも特に強い絆で結ばれている。
そんな、相棒の石像を見て冷静でいられるはずがない。
あれがただの彫刻品だとしても悪趣味がすぎる。
怒りに任せて敵陣に乗り込んでしまうかもしれない。
普段はおとなしいキリエだが、友への侮辱は絶対に許さない。
過去に一度、タチアナを傷付けた少年たちを病院送りにしたことがある。
ひたすら突進を繰り返して彼らを撥ね飛ばし、骨を踏み砕き、
彼女の暴走を止めるには何人もの大人の獣人が必要だった。
まだ幼かったあの頃よりも確実に力が強くなっているとはいえ、
それでもジークという最大の壁を突破できないだろう。
潜在能力だけでは彼に勝てないことをアリサが証明している。
日々の訓練で鍛え上げた肉体や技術、強固な精神力。
こちらはそういう最低限の武器を持ち合わせていないのだ。
ミモザはキリエの身の安全を考え、
タチアナの像を布で覆い隠してから戸を開けた。
「おかえりなさい、キリエ
フィン君の家族が無事なようで安心したわ
……それで、他にも報告したい話があるって言ってたわね?」
彼女に気取られないように平静なフリをする。
最近は演技してばかりで疲れる。
ガラじゃない。もうやめたい。
でもそれはできない。
「はい!
ここへ来る途中、偶然にもある者たちと再会し、
我々の置かれている状況を打ち明けたところ、
幸運にも彼らの協力を取りつけることに成功しました!」
……。
「えっ
ちょっと……えっ?
話したの!?
話しちゃったの!?
姫様のあれを……国家の恥を!?」
やはり平静ではいられない。
この件は内密に解決したいと思っていたのに、
それはもう叶わないらしい。
まあ、自分たちだけでどうにかできるとは思っていなかったが、
それでも外部の者には頼りたくないという矜持が彼女にはあった。
だが今はそんな瑣末事にこだわっている時ではない。
味方が増える。
その事実を喜ぶべきだろう。
「皆様、どうぞお入りください」
キリエの呼び掛けに応じて協力者たちが入室し、
ミモザは反射的に「あっ」と声を漏らす。
そこには見覚えのある3人の冒険者が立っていたのだ。




