残されし者9
「使者の話では殆ど城勤めの者しか残っておらず、
国王や黒騎士団は行方知れずとのことだ
まさに国家存亡の機に瀕していると言えよう
貴公の考えをお聞かせ願いたい、ヴィゼル卿」
「うむ、これは由々しき事態であるな……
ミルドールの地を亜人種族どもから奪還する絶好の機会だ
即刻、公国騎兵隊の全戦力を投入し、ミルデオン城を制圧すべきだろう
そしてゆくゆくはハルドモルド帝国をも我らの領土に塗り替え、
我らこそが真の大陸の覇者だと全世界に知らしめようではないか!」
「やはりそうであろうな、同志よ!
他の者たちも異論は無いな!?」
「公国万歳!! 人間万歳!!
公国万歳!! 人間万歳!!」
アル・ジュカ公国は表向きこそ友好国ではあるが、
かつて王国や帝国から追放された貴族たちが建国した地ということもあり、
歴史を知る者たちの腹心には他国に対する積年の恨みが存在した。
まあ、追放されるにはそれなりの理由があったので逆恨みだが。
それはさておき、キリエとタチアナは公国への救援要請を終え、
残すは帰還して報告するだけとなった。
彼女らの王国を救いたいという気持ちに嘘偽りは無く、
それぞれ優秀な能力の持ち主なのだが、判断力が欠如していた。
二手に分かれて行動していれば、1日で済んだのである。
健脚のキリエは南の大平原へ、空を飛べるタチアナは北の山へ。
団長はそう考えていたが、事もあろうに2人はペアで行動したのだ。
そして、その判断力の低さはまたもや発揮されることになる。
「──わあぁ、すっごい豪華な料理!
こんなに歓迎されちゃっていいのかなあ!
でも、ボクたち頑張ったんだもんね!
ご褒美だよね! どれから食べよっかなあ!」
公国が足止めのために用意したご馳走にかぶりつくタチアナ。
そんな相棒を黙って見つめるキリエ。
怪しんでいるわけではない。
「あの、申し訳ないのですが自分は肉が苦手なので……」
馬人は草食系の種族なので肉料理は食べられない。
多種多様な種族が暮らす王国や帝国では常識なのだが、
人間至上主義の公国ではその辺りの配慮がなされていなかった。
「チッ、これだから亜人種ってのは面倒臭え
せっかく揃えた高級食材を無駄にしやがって……
おい、そのへんで草とか木の実とか摘んでこい
適当に調味料ぶっかけりゃ大丈夫だろ」
「それはまずいんじゃないですか?
普段から草を食ってる連中ですから、
きっとすぐにバレちゃいますよ」
「チッ、確かにそうかもな
しょうがねえ、肉抜きで作り直すぞ」
「はい!」
厨房ではそんなやりとりが行われ、
後に菜食主義者の間で流行するメニューが完成したが、それはまた別のお話。
翌朝、キリエとタチアナは充実した気分で出発した。
公国の人たちはまだ手厚くもてなしてくれるそうだが、
いつまでもお言葉に甘えるわけにはいかない。
報告を終えるまでが任務なのだ。
それを今朝、思い出したのだ。
馬人キリエは鳥人タチアナを背に乗せ、走り出した。
──石の迷宮にて、天井からは絶え間無くストーンスライムが降り注ぎ、
アリサたちはすっかり変形した大盾で頭上を守りながら地上を目指した。
「イヤアアアァァァッ!!」
大盾の内側に括り付けられたハーフエルフが騒ぎ立てる。
石の雨を凌ぎつつ、全員で帰還するにはこうするしかない。
「あなたたち馬鹿なんですか!?
こんな奴ら、魔法で倒せばいいじゃないですか!!
わたしを解放すれば一瞬で片付きますよ!?」
「うるせえ!!
おめえは信用できねえんだよ!!
おとなしく傘になりやがれ!!」
「欠陥竜人!! 劣等種族!! 野蛮人!!
バカ!! アホ!! うんこ!!」
サロメに心の余裕は無かった。
罵倒の言葉も幼稚な表現になってゆき、
そこにエルフらしい知性を感じられず、
彼女が石の魔女という説は揺らいでいた。
「迷宮を出たら俺はそのままギルドへ向かいます
何か役に立つ情報があればいいんですが……」
「ああ、よろしく頼む
直属の部下というわけでもないのにすまないな」
「なに謝ってるんですか
俺たちは仲間でしょう?」
「ああ……そうだな!」
たった2晩を共にした仲ではあるが、
彼らの間には身分を超えた友情が芽生えていた。
初めての迷宮、初めての魔物、初めての冒険。
その経験を共有できたのは非常に大きい。
やがて石の雨の勢いは弱まり、
冒険の終わりが近いことを感じ取った。
陽の眩しさと静謐な冬の空気が一行を出迎える。
「閉塞的な環境で過ごして時間感覚を失いそうだったが、
私の計算に大きな乱れは無かったようだ
……今日はこんなにも晴れていたのか
石の雨の後だと特に、空が広く感じるよ」
「ええ、青い空が気持ち良いですね
なんだか元気が湧いてきました
大変な状況ではありますが、
俺はまだ諦めちゃいませんよ」
「無論、私とて同じ気持ちだ
一刻も早くこの件を解決し、王国に平和を取り戻そう」
爽やかな表情で天を仰ぐ2人とは対照的に、
アリサは目の前に広がる光景に戦慄した。
同時刻、下山中のキリエとタチアナは南の空を見つめ、言葉を失った。
ミルドール王国全域を覆い隠す紫の霧。
王国だけではない。
その範囲はすぐそこの大森林にまで達しており、
公国を出るのがもう少し早ければ、彼女たちも巻き込まれていただろう。
彼女たちは判断力の低さゆえに助かったのだ。




