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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『姉妹戦争』編
119/150

蛇3

「食事の時間にはまだ早すぎます

 一体、どのような用件でいらしたのですか?」


地下室の中から、彼女は問いかける。

顔こそ確認できないが、毅然とした声から意志の強い女性であることが窺える。


「どのような、ってそりゃ……

 ボクはフィンを助けに来たんだよ!

 そこにいるの!? ってか、君は誰なのさ!?

 なんでこんな所に閉じ込められてるの!?」


タチアナは扉に耳を当て、興奮気味に問う。


無理もない。

無人だと思っていた城内に、フィン以外の人物がいたのだ。

しかも状況的に、囚われの身となっているであろう女性の声。

これを放っておけるはずがない。


「フィン様を助けに、ですか……

 残念ながら、彼はこの場にはおりません

 きっと他の場所で監禁されているのでしょう

 ……私については捨て置いてください

 それよりも、一刻も早く立ち去るべきかと存じます

 あなたのことはよく知りませんが、おそらく敵ではないのでしょう

 それならば尚更、ここに留まってはなりません

 間もなく食事係がやってきます それも、ただの雑用ではありません

 重力階段を物ともしない、最強の男がやってくるのです

 彼に見つかれば最後、無事では済まないでしょう」



『最強の男』と聞いて思いつくのはただ一人、元黒騎士団団長のジーク。

今回の問題解決において最大の障壁となる人物。それが彼だ。

敵が王女とカチュアだけならば、どうにかなっただろう。

しかし、彼の存在がそうさせてはくれないのだ。


ただひたすらに強い。


そのシンプルな理由ゆえに強行策に出られない。

現在判明している両陣営の人数だけ見れば3:3と互角だが、

ジーク単体で100や1000、あるいは10000以上の実力があるのだ。

碌に戦闘訓練などしたことがない彼女らにとって、

それだけの差があっても別段おかしくはない。



タチアナは地下室の中の女性が気がかりであったが、

最強の男が差し迫る状況につき、おとなしく忠告に従うことにした。


今は一度仲間の元へと戻り、

持ち帰った情報から対策を練り、

反撃に出るタイミングを見計らうべき時なのだ。


そう自分に言い聞かせて階段を上ろうとするも、

どういうわけか体が言うことを聞かない。


足が上がらない。

疲労の蓄積だろうか。

いや、そうではない。


先程よりも明らかに体が重く感じる。


時間の経過と共に、重力結界はその強度を増していたのだ。


タチアナは這いつくばりながらも進もうとするが、

もはや指を動かすことすら叶わない状況に置かれていた。



そんな中、一人の男が何食わぬ顔で階段を下りてゆき、

地べたに伏せるタチアナを一瞥した後、地下室の囚人への食事を届けた。


彼の名はジーク。


タチアナが今、一番会いたくない相手だった。






──そして、タチアナは為す術もなく庭園へと連行されたのだ。


絶望に耽る彼女を、フレデリカが悠然と見下ろす。

傍らには腕を組んでどっしりと構えるジーク。

と、同じように腕を組むが全く威厳を感じられないカチュア。


貴族の少年たちはもういない。

用が済んで解散したのだろう。


1:3。


戦力差を考えれば1:10002でもおかしくはない。

タチアナの目の前には、敵が勢揃いしていた。


「──さて、タチアナ

 これは一体どういうことなのでしょう?

 ミルデオン城は今、訳あって誰も立ち入れないようにしているのですが、

 あなたは地下室の前で発見されたそうですね

 もし門番が通したということであれば、彼らを罰しなければなりませんね」


フレデリカはまるで嬉しそうに、ニコリと微笑む。


冗談じゃない。


キリエの話によれば、言いつけを守れなかった兵士は首を飛ばされるのだ。

比喩ではない。今の王女ならばそのくらい平然とやってのけるだろう。


タチアナは我が身よりも、彼らの命を優先した。


「姫様、

 ボクは正門からは入っていません

 ()()()()()空から入城したのです

 門番とは一言も交わしてませんし、

 誰も立ち入れないようにしていたなんて初耳です」


嘘は言っていない。

彼女は元々嘘が上手ではないし、

入城禁止の件はキリエから聞いた話であり、

フレデリカが直接そう言ったわけではない。



その反論に王女は軽く舌打つが、

意外にもタチアナの行動をフォローする者がいた。


「王女殿下、彼女の言葉に偽りはありませぬ

 門番は“正門に誰も通さない”という任務を遂行していたし、

 上空への警備を怠ったのは我々の落ち度でしょう

 今回の件で誰かが罰せられるのであれば、

 それは近衛兵長である私めが背負うべき責任かと存じ上げます」


ジーク。

敵陣営にいながらも、やはりどこか掴み所の無い男。

彼に感謝するべきなのか、タチアナには判断が難しかった。


……近衛兵長。

さりげなく彼はそう言った。

“兵長”ということは、もう既に兵団が存在しているのだろうか。

だとすると敵は3人だけではなくなる。

こちらも本格的に戦力の増強をしなければならない。


いや、それよりも。

今はこの状況を切り抜けて、仲間と合流することが最優先だ。


だが急に打開策を閃くような天才的頭脳は持ち合わせていない。

ジークからのもう一押しがあれば何かが変わったのかもしれない。


しかし、それは儚い願いだった。



「カチュア、ジーク

 例のアレを試したいので、2人は下がってください」


その提案に、呼ばれた2人の顔色が変わる。

カチュアは怯えた表情で速やかに退散したが、

ジークは険しい顔つきで、王女への説得を試みた。


「王女殿下、考え直されてはいかがでしょう?

 彼女とは姉妹同然に育った仲だと聞き及びます

 そのようなむごい仕打ちをするべきではないかと……」


だが、彼がどんなに説得しようと、

王女の心は最初から決まっていたのだ。



タチアナを処刑する。



その強い意志が覆ることはなく、

ジークは残念そうな視線をタチアナに向けてから庭園を去った。




そして、タチアナは王女と2人きりになった。


考えようによっては最後のチャンスだ。

どちらにも武術の心得は無いが、

普段デスクワークばかりの王女よりも、

あちこち飛び回っているタチアナの方が体力には自信がある。


この後どうなろうとも、力ずくが通用するのは今しかない。


タチアナはその希望に全てを懸け、

王女めがけて不意打ちの突撃を敢行した。



予備動作無しの超低空飛行。



刃物など持っていないが、

その急速の体当たりだけでも充分な凶器になり得る。

反動で自分自身もただでは済まないだろうが、

今はそんなことを気にしている場合ではない。


ここで王女を仕留める。


それが重要だ。



が、



タチアナはあと一歩の距離で辿り着けなかった。


フレデリカが一枚上手だったのだ。

彼女は墜落したタチアナを悠然と見下ろすが、

音速を超えるスピードに反応できたわけではない。


あらかじめ張ってあった“重力のバリア”が外敵を撃ち落としたのだ。


かろうじて意識を保っていたタチアナは苦し紛れに、

せめて減らず口の一つでも叩いてやろうと敵の姿を見上げる。


しかし、そのささやかな反抗すら許されない。



タチアナは見誤っていた。


真に恐るるべき敵はジークではなく、フレデリカだ。


その事実を把握したものの、もう彼女にはどうすることもできない。

フレデリカから視線を外そうとしても、自分の意思では逆らえない。


彼女は今、幻術をかけられている。

それがわかっていても対策の施しようが無い。



そしてフレデリカの瞳が怪しく輝き出し、次なる魔術が放たれる。



タチアナはかつて似たような光景を目にしたことがある。

イルミナ王妃が呪いの霧をばら撒いた瞬間だ。



フレデリカは今、石の魔女と同じ瞳をしていた。

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