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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『姉妹戦争』編
118/150

蛇2

庭園を後にしたタチアナはミルデオン城へと急行した。

一刻も早く別の場所へ、と思いついたのがそこだった。

正直、あれ以上あの場に留まることは不可能だったろう。

乱心した王女と最強の元騎士を目の前に、生きた心地がしなかった。


しかしなぜミルデオン城なのか。

ミモザがいる銀騎士団本部でもよかっただろうに、

どういうわけか真っ先にこの場所が思い浮かんだのである。


そして、その無意識の選択はあながち間違いではなかった。



キリエは言っていた。

『正門からの侵入は諦めるしかない』と。


鳥人族のタチアナには羽がある。

そのおかげで空というフィールドを自由に行き来することができる。


そう、上から入ればいいのだ。


案の定、門番たちは暇を持て余しており、

又、ボードゲームに夢中になっていたこともあり、

上空への注意はおろそかだった。


タチアナは無防備なミルデオン城の屋上に降り立ち、

伝令任務で使用している小窓から、難なく侵入に成功する。




城内は不気味なほど静まり返っており、

いつもなら大臣たちが忙しなく働いている時間だというのに、

どこを探してもまるで人の気配を感じられない。


おそらく王女が追い払ったのだろう。

彼女は、まだ公にしたくない秘密を抱えているのだ。


方法は不明だが、フィンを洗脳したという事実を。



ふと閃く。



今朝、庭園に彼の姿は無かった。

“どこにいるのか”よりも、“なぜいないのか”が引っかかっていた。


あの場にいたのは自分、王女、カチュア、ジークだけではない。

金的トーナメントに強制参加させられていた少年たちもいたのだ。

彼らにもフィンの存在を隠しておきたかったのだろう。


では、どこにいたのか。

そう考えると、このミルデオン城はとても怪しく思えてくる。

相棒のキリエは“禁断の書”との関連性を疑っていたが、

タチアナにはまた別の妙案が思い浮かんだのだ。



もし、この城にフィンが囚われているのならば彼を救い出し、

国外へ逃亡するなりすれば王女の計画は頓挫する。


次期国王の座を得るのに必要な条件はただ一つ。

“健康状態に問題の無い配偶者”だ。


王女の美貌ならばどんな男でも魅了するのは容易いが、

彼女はあえてフィンを選び、モノにしたのだ。

おそらく他の男では満足できないのだろう。


そのプライドの高さこそが彼女の最大の弱点だ。



この勝負、言ってしまえば“フィンを手に入れた方の勝ち”なのだ。



その真理に気づけたことは大きい。

この時タチアナは賢者であり、同時に愚者でもあった。




タチアナは直感に従い、最も怪しい場所へと急行した。


地下室。


かつては物置だった部屋を王女が気に入り、

自らの生活の拠点として築き上げた場所。

事あるごとにアリサが狭さを訴えていた、

思い出深い一室だった。


異変はすぐに起こった。


地下室へと続く螺旋階段にて、

下から吹き上げる風のバリアに身構えていたのだが、

逆に、上から襲い掛かる重力の仕掛けに面食らったのだ。


自分の体重が倍になったようで、これでは空を飛ぶどころか

まともに歩くことすらままならない。


だが、タチアナは心得ていた。


所詮、これは魔術。

実際に重力が増加しているのではない。

風のバリアと同じく、まやかしなのだと。

とても現実感のある幻にすぎないのだと。



その考えに至ってからは幾分か気持ちが楽になり、

階段を下りる足にも活力が漲った。


これは吉兆なのだ。


無人の城に未知の罠。

なぜそんなものを仕掛けたのか。

考えられる原因は一つしかない。


この階段の先には、王女が隠しておきたい何かがあるのだ。


1段、また1段と下りる度に体が重くなり、

階段から足を踏み外さぬよう、小休止を挟みながら慎重に歩を進める。




そして彼女はついに目的の場所、地下室の扉まで辿り着いた。

予想が正しければ、フィンはこの中に囚われているはずだ。


まずは彼を連れ出す。


タチアナの頭にはそれしかなかった。



「──あっ」



彼女は青ざめ、自分が犯したミスに気がついた。

今日は冴えていると思っていたのに、調子に乗るとすぐこれだ。

この数年で騎士として成長できたものの、本質は変わっていない。


彼女は、肝心な部分で抜けていた。


ものすごく単純な話、扉には鍵が掛かっていたのだ。


今まではノックすれば王女が開けてくれたものの、

現在、その王女は敵であることを完全に失念していた。


しかも、こんなにゴツい錠前は以前には無かったはずだ。

身の安全を守るためではなく、誰かを閉じ込めておくための物だ。

カチュアならば鍵が無くとも開けられるだろうが、

よりによって彼女は王女の手先であり、協力は望めない。


ここまで苦労して重力階段を下りてきたものの、

扉を開けられないのなら引き返すしかない。

また重さに耐えながら進まなければいけない。

そう思うと気分まで重くなる。


タチアナは、忌々しい階段を見上げて大きなため息を吐いた。



「……外に誰かいるんですか?」



地下室から放たれたその声に、タチアナは意表を突かれた。


それは、フィンの声ではなかった。

聞き馴染みのない、女の声だ。

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