温もり3
「「 改善! 改善! 改善! 改善! 」」
石の広場には老人たちによる改善コールの合唱が響き渡り、
ミモザはその要求内容を思い返して困惑する。
若い兵士たちも同じことを思ったようで、皆ポカンとしていた。
「……ええ、はい、わかりました
要求を受け入れ、安全性の確保と作業内容の見直しを約束します
なので今すぐにストライキを終了し、解散してください」
ミモザは気を取り直し、事務的に言い放った。
こんな馬鹿げた連中相手に、これ以上時間と精神力を削られたくない。
今はもっと重要な問題に直面しているのだ。
「具体案を言え!
約束だけなら誰でもできんだ!」
「具体案、ですか……
今この場では難しいので、時間を頂けますか?」
「ダメに決まってんだろ! 逃げる気か!
昨日ここで1人死にかけたんだぞ!
あんたは何も責任を感じないってのか!?」
うわあ、面倒臭い。
ミモザは呟きたかったが、グッと堪えた。
「ですから事故が再発しないよう安全策を用意したいので、
本部に戻り、有識者を集めて対策会議を行います」
「それ見ろ、やっぱり逃げる気だな!?
そうやって適当にあしらってやり過ごすつもりなんだろ!
俺たちを馬鹿にすんな!
大体、俺たちには安い給料でこんな肉体労働させといて、
どうして楽な仕事してる連中が高い給料もらってんだ!?
こんなの不公平じゃないか!」
「そうだそうだ!」
「不公平! 不公平!」
ミモザは頭を抱えた。
──所変わり、夜通し走り続けたキリエは西の丘陵を越え、
やがて見えてきた小さな農村へとひた走った。
キリエは自分の下半身が馬であることに感謝した。
他の種族ではここまで早く目的地に着けなかっただろう。
それが可能なのは鳥人族くらいなものだ。
ともあれ、彼女はフィンの故郷に辿り着いたのだ。
「おや、お嬢さん
どうしたんだい? 道に迷ったのかね?
随分と汗を掻いてるじゃないか
ここは何も無い村だけど、ゆっくり休んでいくといいよ」
話しかけてきた男の声に振り向くと、
そこには温厚そうな村人が立っていた。
畑作業をしていたのだろう。
大きな日除け帽子を被り、手や服は土まみれだ。
キリエはその、なんの変哲も無い村人の姿を見て安堵した。
彼はフィンの父親で、特に変わった様子は無い。
彼が無事ということは他の家族もおそらく無事なのだろう。
しかし、憶測だけで結果を決めてはいけない。
それを自分の目で確かめるために来たのだ。
「お気遣いに感謝いたします
私は親衛騎士のキリエと申します
そちらはフィン殿のお父上とお見受けします
何度か王都で見かけたことがあるもので……」
「おっと、騎士様だったのか……
ええ、仰る通りです
まさしく私がフィンの父でございます
こちらへはどのようなご用件でいらしたのですか?」
『あなた方の無事を確認しに来た』などと正直に話せば、
余計な心配をかけさせるだろう。
ここは何かそれらしいことを言って誤魔化す場面だ。
しかし、正直者の彼女に嘘は難しい。
移動中は走りに集中していたため何も用意していない。
何か無いかと荷物を見やると、空になった水筒が目についた。
「私は今、ある任務の途中なのですが、
うっかり飲み水を切らしてしまいました
どこかで補給できるとよいのですが……
ちなみに、畏まらなくて大丈夫ですよ
どうか普段通りにお話しください」
咄嗟の嘘……というわけでもない。
急いで出発したために準備が甘く、途中で水が尽きたのは事実だ。
「それなら、うちに来るといい
ちょうど休憩しようと思ってたところなんだ
君も疲れてるんだろう? 遠慮せずに、さあ、さあ」
彼は朗らかな笑顔で、やや強引気味に家まで案内した。
初対面の相手だというのにこの対応である。
目の前で困っている人を見捨てられないのだろう。
そんなのは当たり前のことかもしれないが、
その当たり前を実行できる者が一体どれだけいようか。
フィンの父が大きめの声で「ただいま」と呼びかけ、
廊下の奥から「おかえりなさい」と玄関まで返ってくる。
姿が見えずとも、それが彼の妻の声であることは想像に難くない。
夫の帰りに合わせて料理をしていたのだろう。
香草の匂いがここまで届き、机の上に食器を並べる音が聞こえる。
キリエは案内されるがままにその場所まで行き、
フィンの母と妹が無事であることをその目で確認した。
これにて任務達成だ。彼の家族は全員何もされていない。
「あら、お客さん?」
「ああ、飲み水を分けてあげようと思ってね
少し持っていくけど構わないよね?」
「もちろんよ
あとで補充しておくわ」
彼女も当たり前に人助けができる側なのだろう。
こちらは見ず知らずの赤の他人だというのに、
嫌な顔一つせずに分け与えることができる。
夫婦揃って善人。
フィンはこの両親に育てられたのだ。
「水だけじゃなく、食べていったらどうだい?
ちょうど出来立てだし、妻の料理は最高なんだ」
彼が自慢げに紹介するその料理は、
ミートパイ、チキングラタン、魚介のスープなど、
どれも草食のキリエには食べられない物ばかりだった。
「お父さん、そのお姉さんは馬人族だよ
肉とか魚は食べられないんじゃなかったっけ?」
エリンの発言に、キリエは内心舞い上がる。
フィンの妹から『お姉さん』と言われたのだ。
絶対に違う意味だとは理解しているが、少し嬉しい。
「ああ、そうだった これは申し訳ない
……それなら野菜と果物を提供しよう
見たところ君は食料を持ってないようだし、
まだやるべき仕事があるんだろう?
しっかり食べておかないと体が持たないよ」
たしかに彼の言う通りだ。
ほぼ補給無しで半日も全力に近いパワーで走り続け、
スタミナに自信のある彼女でも、さすがにしんどくなっていたのだ。
これも事前準備の甘さが招いた結果だ。キリエは反省した。
「では、お言葉に甘えて……」
キリエは食卓に着き、しばしの憩いの時間を楽しんだ。




