温もり2
ミモザは銀騎士団本部での活動がてら僅かな隙を有効利用し、
『愛と略奪の狭間』シリーズの新章を読み通した。
そこには闇堕ちした主人公の姿が描かれており、
姉妹同然に育った仲の親友から想い人を奪う描写があった。
間違いない。
フレデリカ王女は、この恋愛小説に感化されたのだ。
彼女は小説の中の主人公に、自分を重ねているのだ。
くだらない。
フィクションと現実は違う。
どうしてそれがわからない。
いや、思い返せば王女はそういう人であった。
そもそも親衛騎士団なる組織が結成されたのも、
彼女が騎士物語を読んだことがきっかけだった。
王女お抱えの侍女として安泰な生活を送っていたというのに、
ある日突然、そのわがままのせいで騎士にされてしまったのだ。
今まで考えないようにしてきたが、思わずにはいられない。
この騎士ごっこをいつまで続ければよいのだろう。
彼女はいつから王女ごっこをしていたのだろう、と。
銀騎士団本部に、若い兵士が慌てた様子で駆け込んだ。
「団長、問題発生です!」
「はいはい、今度は何?」
平常運転だ。どうせまた団員が現場でやらかしたのだろう。
「団員たちがストライキを行なっている模様です!」
「へえ、ストライキねぇ
それで、どこの現場?」
ストライキ……それは、労働環境に不満を持つ者たちが
改善を求めて行う労働拒否活動を指す言葉であり、
労働者に与えられた正当な権利の一つである。
まあ、いつかはこうなるだろうと覚悟していた。
無能グループの団員が色々とやらかす分、
有能グループにシワ寄せが行ってしまう。
そんな彼らが不満を抱えてもおかしくはないのだ。
「現場は……石の広場です!」
「へえ、石の……
……
…………?」
そこに送り込んでいるのは無能グループのはずだ。
彼らには厳しいルールなど押しつけていない。
むしろ自由にしていいと伝えてある。
寝てようが遊んでようが、その場に居るだけでいいのだ。
そんな、仕事とは言えない業務内容に一体どんな不満があるというのだろう。
「えっと……
そいつらは何を要求してるの?」
「それが、わかりません!
とにかく『団長を連れてこい』の一点張りで、
自分には何も教えてくれませんでした!」
「そう、君も大変ねぇ
もう現場に戻っていいわよ、ご苦労様
連中には『団長は忙しいから来られない』って伝えといて」
“居るだけでいい”仕事を拒否するということは、
“現場に来ない”という方法でストを行なっているのだろう。
正直、彼らが居なくても誰も困らない。
むしろ居ない方がいいとさえ思える。
無意味に歩き回って石像を倒したり、その破片を隠蔽したり、
いくら注意しても不定期に問題行動を起こすのだ。
こんな奴らに税金が支払われているのだと思うと腹立たしくなる。
「……その、お言葉ですが
現場に向かわれた方が宜しいかと存じます!」
「なんで?」
「彼らがハンストを行なっているからです!」
「勘弁してよ〜〜〜!!」
ハンガーストライキ、略してハンスト。
……それは、要求が通るまでは何も食べないという方法で
労働環境の改善を訴えるストライキである。
若者ならまだしも高齢者にそれをやられると死の危険性が高まり、
一刻も早い解決のためにも、ミモザは現場に向かうしかなかった。
石の広場には500人ばかりの団員がいかにも不機嫌そうな顔をして、
どっかりと座り込んで団結力を誇示していた。
普段からそうすればいいのだ。
そうやっておとなしく座っていてくれれば、どんなに楽か。
ミモザは集団の前に立ち、心を鎮めて事務的に尋ねた。
「……それで、これは一体どういう状況なんですか?
あまり時間をかけたくないので、簡潔にお願いします」
「どういうって……すっとぼけんな!
昨日の件で、何か俺たちに言うことはねえのか!?」
「は? 昨日の件……?」
昨日は王女に呼び出され、銀騎士団本部には顔を出せなかった。
自分がいない間に問題を起こされても対処できないので、
このグループの団員には全員休みを与えたはずだ。
何か問題が起きたとしても、それは銀騎士団とは関係無い。
「ロイドさんの件だよ!
昨日あんなことがあったってのに、
なんのフォローも無いのはおかしいだろうが!」
「え、ロイドさんに何かあったんですか?」
問題のある団員筆頭ロイド。
若い頃は鉱山で働いていたらしく、よく体力自慢をしている。
が、高齢ゆえに骨も筋肉も衰えているので当てにはならない。
短期な性格で喧嘩っ早い。そりゃ何かあってもおかしくない。
「なんで知らねえんだよ!
あんた団長だろ!? しっかりしろよ!」
「いや、昨日は皆さんもお休みだったでしょう
何かあったとしても、それは私生活での出来事です
それに、彼に関しては何も報告を受けていません」
「なんで報告されてねえんだよ!?」
「知らんわ!!」
ミモザはつい怒鳴ってしまい、団員は少し怯んだ。
深呼吸の後、ミモザは平静を保つよう努めて再び口を開く。
「……それで、ロイドさんの身に何があったんですか?」
「何って……
あの人、昨日も現場に来て作業してたんだよ」
「は? 休みなのに?」
「ほら、あの人ちょっと記憶力がアレだろ?
休みだってこと忘れてたんだよ、きっと」
「ああ、あり得る……」
なんだろう。その分の給料を支払えということだろうか。
そういうことなら、さっさと要求を呑んで終わらせてしまいたい。
が、そうではないという予感がしてならない。
「ロイドさん、石像の下敷きになって足折れちまったんだよ」
ミモザは眉をしかめた。
「俺たちは、この現場の安全性に疑問を抱いている!」
「そうだそうだ!」
「安全性! 安全性!」
「石像の破片を運ぶ作業も、我々には重労働だ!!」
「そうだそうだ!」
「重労働! 重労働!」
「よって、安全性の確保と作業内容の改善を要求する!!!」
「そうだそうだ!」
「改善! 改善! 改善!」
ミモザは口を開けたまま固まった。