初動3
「──って感じでさ、
ジャスティンはフィンのこと全然心配してなかったよ!
弟が大変だっていうのに、なんて薄情なんだって思ったよ!」
興奮気味に話すタチアナとは対照的に、
キリエはあくまで冷静な態度を崩さなかった。
「それで、フィン殿の実家の様子はどうだったんだ?」
「えっ?」
ああ、もうわかった。
彼女はどうでもいい男に気を取られ、
肝心のご両親や妹さんの安否は確認していない。
相棒がどんな性格なのか知っていたはずなのに、
最適な指示を出すことができなかった。
タチアナが悪いのではない。
キリエは自分を責めた。
「惚れ薬の情報は何か掴めましたか?」
訊かれたミモザは、空になった酒瓶を置いて答える。
「医者が言うには、惚れ薬なんて存在しないんだってさ
本当にあったら面白いんだけどね〜 ちょっと残念よね〜
一応錬金術士のとこにも行ってみたけど、
留守みたいだったから帰ってきちゃった」
「それで、近隣住民はなんと仰っていましたか?」
「えっ?」
ああ、こっちもダメだ。
件の錬金術士殿は社交的な性格なのだ。
ご近所付き合いがあって当然だろう。
不在だとしても、行き先を知る者がいてもおかしくはない。
「私はミルデオン城への立ち入りを妨害されたよ
王子殿下との接触も難しい状況にある
これは憶測だが、禁断の書が関与している可能性が高い」
「なんだ、そっちも空振りじゃないか
ボクたちのこと責められないよね!」
「いや、べつに責めたりはしてないだろう……」
頬を膨らませるタチアナ、困惑するキリエ、2本目の酒に手を出すミモザ。
こんな調子では劣勢な状況を打開することはできない。
三者とも初動で大きな収穫を得ることはできなかったが、
それでも全くの無駄というわけではなかった。
少なくとも小さな手がかりは手に入れたのだ。
それを積み上げていけばいい。
むしろ今の彼女たちにはそれしかできない。
「……とりあえずこの後、私はフィン殿の故郷へ向かいます
明日、ミモザお姉様は銀騎士団での業務が終わり次第、
再び錬金術士殿のご自宅を訪ねていただきたい」
「え、何言ってんの?
こんな時に仕事なんかしてる場合じゃないでしょ
なんなら今から行ってもいいのよ?」
「今日はもう遅いのでやめておいた方がいいでしょう
本日は特別休暇を与えられましたが、明日からは通常通りです
問題だらけの銀騎士団にはミモザお姉様が必要ですし、
タチアナには伝令役としての任務があります
今、比較的自由に動ける立場にあるのは私だけなんです」
ミモザは自身の欲望を満たすためだけに、
キリエとフィンを銀騎士団の応援に呼んだ。
人手が増えて業務遂行が楽になったのは事実だが、
絶対に必要な人員というわけではない。
それまではミモザ1人でどうにか回せていたのだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ!
ボクも仕事行かなきゃダメ!?
団長が入院しちゃったってことは、
姫様から直接指示を受けるってことだよね!?
気まずいよ〜! どんな顔すればいいのかわかんないよ!」
キリエは怖気付くタチアナの肩にそっと手を置き、
真剣な眼差しを向けて忠告した。
「今は従順になるべきだと思う
団長が大怪我を負ったのは、敵に立ち向かったからだ
私たちがこうして無事でいられるのは、無力だからだ
力ずくで従わせる必要が無いと思われてるんだ
……実際そうだろう?
親衛騎士団で唯一の戦力が倒された今、下手に逆らえば命取りになるぞ」
敵陣営には大陸最強クラスの武力を誇るジークがついている。
国内有数の武芸者であるパメラでさえ一撃の下に敗れたし、
黒騎士団たちが束になったところで勝てる見込みは無い。
しかも、そのジークを完封した男も向こう側にいるのだ。
武器など手にしたことのないキリエたちに、腕力で解決する術は無い。
報告会が終わると、キリエはすぐさまフィンの故郷を目指して駆け出した。
彼の家族が人質に取られている可能性は低いが、
確証を得るまでは安心できない。
そんな彼女の背中を見送りながら、タチアナは疑問を投げかける。
「それにしても、なんで姫様は急に結婚する気になったんだろう?
今まで恋愛の話とか全然しなかったのにさ」
「そうなの?
アタシとはよくその手の話題で盛り上がってたわよ?
ほら、姫様って本とかの影響受けやすいタイプじゃない
おすすめの恋愛小説に夢中になってた時期が……あっ」
『愛と略奪の狭間』シリーズ。
純真な主人公が親友に恋人を奪われる展開から始まり、
やがて彼女自身も奪う側に回ってドロドロの愛憎劇を繰り広げる、
世界的な人気を博した恋愛小説である。
それは、かつてミモザがフレデリカに布教活動し、
自室の本棚を埋め尽くすほどハマらせることに成功した代物だ。
残念ながら王家の屋敷が炎上した際に
貴重な初版本は全て燃え尽きてしまったが、
おそらく全巻を買い直して再びハマったのだろう。
この1年間、ミモザは働き詰めだったので知る機会が無かった。
新章『姉妹戦争』編の存在を。