初動2
「医学的に、惚れ薬なんて物は存在しない
媚薬と呼ばれる代物には精力を高める効果はあるが、
特定の相手に好意を持たせることは不可能だ」
ミモザは薬に詳しい人物の元を訪ねたが、
きっぱりと断言されて納得した。
医者が『無い』と言っているのだ。
フィンがおかしくなってしまった原因は、惚れ薬ではない。
「じゃあ、記憶を消す薬とかはある?
フィン君ったら、突然みんなに自己紹介したのよ
まるで初対面の相手に挨拶してるみたいだったわ
アタシたちとは交流あったのに、絶対に変でしょ」
「記憶喪失か……
強いて言えば酒や睡眠薬にそういう成分が含まれるが、
そこまで酷いレベルの物忘れにはならないはずだ
もし仮に記憶喪失だとして、原因として挙げられるのは
頭を強く打つ、激しいストレス、加齢などだが、
いずれも意図的に引き起こせるものではないな」
「まず加齢は除外ね アタシより歳下だし
頭ぶつけたかは判断しづらいわね
激しいストレスは可能性としてありそうだけど、
最近は残業無しで私生活充実してたからなぁ……
やっぱ別の原因としか思えないわよねぇ」
考え込むミモザに、医者は提案する。
「実際にこの目で見ないと彼の症状を断定できないが、
国王の時と同じく、医学では解決できないかもしれない
錬金術士のあいつにも事情を伝えておいた方がいい
フィンとは共通の友人なんだ 必ず助けになるはずだ
自分で伝えたいが、今は患者のそばを離れることができない」
そう言い、ベッドで眠るパメラに目をやる。
アリサの時よりはだいぶ軽傷だが、それでも彼女は死にかけた。
もしジークが本気を出していたら、彼女は助からなかっただろう。
ミモザは医者の提案に従い、錬金術士の家を訪ねた。
石化治療薬を完成させた天才であり、この国の救世主の1人。
にも関わらず彼は質素な家に住み、使用人を雇ったりはしない。
大金を稼いでいるはずだが半分は故郷の家族への仕送りに充て、
残りは毎晩のように歓楽街で遊び歩くのに使っているそうだ。
彼とは気が合いそうだ。この件が片づいたら誘ってみよう。
そんなことを考えながら玄関を叩くが、反応が無い。
出掛けているのだろうか。
帰りを待つか、出直すべきか。
悩んだ末に待つ方を選択したミモザは、試しに扉を開けようとした。
すると鍵は掛かっておらず、家の中に入ることができた。
「うっわ、こりゃ酷い」
男の1人暮らし。ある程度の汚さは覚悟はしていたが、
それはまるで空き巣に荒らされたかのような散らかりようで、
床には衣服や古書、酒瓶などが乱雑に放置されており、
食べかけの肉には蛆虫が湧いていた。
中で待たせてもらおうと考えていたが、
さすがにこの環境に身を置くのは耐えられない。
一度戻り、あとでまた来よう。
ミモザは錬金術士の家から立ち去った。
──キリエはミルデオン城に到着した。
フレデリカはここの地下室に住んでいる。
今、彼女がどこにいるかは把握していない。
まだ庭園にいるのか、それともここなのか。
彼女と鉢合わせてしまうかもしれない。
私の想い人と口づけを交わしながら、
横目で見下ろすあの顔が忘れられない。
彼女は微笑んでいた。私と団長に見せつけていた。
なぜ彼女があんなことをしたのか理解できない。
いや、それを考えても仕方ない。
今はとにかく情報を集めよう。
余計なことは思い出すな。
「すみませんが、止まってください」
城門にて、2人の兵士が通路を塞ぐ。
それが彼らの仕事だとは重々承知だが、
今はこんなやり取りに時間を取られたくはない。
が、波風を立てても面倒になるだけだ。
私はおとなしく指示に従った。
「あなた方とは何度も顔を合わせています
私が親衛騎士のキリエだということはご存じでしょう
急用ゆえ、審査の手順は飛ばしていただきたい」
「いえ、そうもいかないんですよ
王女殿下から誰も通さないよう言われてまして、
特に、親衛騎士団の皆様は絶対に通すなとのことで……」
兵士たちは困り顔で伝える。
まずい、先手を打たれていた。
だが、そのおかげでヒントを得ることができた。
調べられたらまずい何かがこの場所にあるのだろう。
「なぜ通してはいけないのか、理由を教えていただけますか?」
「それが、我々も理由までは聞かされてないんですよ
しかも命令に背いたら首を刎ねると脅されまして……
もちろんただのご冗談だとはわかっていますが、
念のために従っておくべきかと思いまして」
危ないところだった。
強引に突破していたら、この2人の首が飛んでいただろう。
「では、アンディ王子殿下をこの場に呼び出すことはできますか?
もしくはグレン様か、ネリ殿でも構いません」
「いえ、なぜかはわかりませんが、
ちょうどその御三方と会わせてはならない、と……」
あまりにもピンポイントな妨害。
ふと、キリエの頭にある可能性が浮上する。
この件には禁断の書が関わっているのかもしれない。
「そうですか、仕方ありませんね
それでは私は失礼いたしますが、一つ頼まれていただけますか?
ここへは誰も来なかったことにしてほしいのです」
「それはつまり、王女殿下に虚偽の報告をしろと仰っているのですか?」
「ええ、その通りです
この頼みを断れば、私があなたの首を刎ねます」
言われた兵士は一瞬動揺するが、
すぐに笑い声を交えながら返事をした。
「あはは、そういう遊びが流行ってるんですか?
……はい、了解しました
キリエ様が来たことは黙っておきます
首無し兵士にはなりたくありませんからね」
キリエはニコリと微笑み、来た道を引き返した。




