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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『姉妹戦争』編
110/150

略奪者5

「どうしたのキリエ?

 浮かない顔しちゃってさ」


庭園へ向かう道中、相棒が顔を覗き込んでくる。

心配してくれるのはありがたいが、今はやめてほしい。

と伝えても、彼女はきっと余計に心配するだけだ。


「先日、私は団長に対して失言してしまったんだ」


今言えるのはそれだけだ。

詳しい内容まで話せる気力は無い。


「そっかあ

 それは気まずいね〜

 早いとこ謝らないとだね」


それはたぶん的確な助言なのだろうが、どうにも腑に落ちない。

私は失言したものの、先におかしなことを言い出したのは団長だ。

自分が振った相手とやり直したいがために、

私の恋路を邪魔しようとしたのだ。


「憐れ」と言われた団長は絶句し、私も口を閉ざし、

気まずい沈黙の中、部屋を後にした。


あれから1週間、団長とは会っていない。

それが今日、顔を合わせなければならない。


「それにしても、姫様の重大発表ってなんだろうね?

 やっぱりあれかな? 姫様が次期国王になるのかな!」


「ばっ……滅多なことを言うな!

 王位継承権第一位はアンディ王子殿下だぞ

 存命で健康状態も良好だし、継承の意志も固い

 そんな殿下を差し置いて、姫様が名乗り出るわけがないだろう」


「あっはは、そうだよね〜

 冗談だよ冗談!

 本気にしないでよ、も〜」


こちらは仮にも騎士なのだ。

冗談で済まされない発言もある。

タチアナはそれを理解していない。




しばらく歩いていると、先を歩いていたミモザと合流した。


「あら、おふたりさん

 ちょうどよかった 乗せてってくんない?」


彼女はこちらの返事を待たず、慣れた手つきで私の背を占拠した。

まあ、拒否しても駄々をこねられるだけだ。受け入れるしかない。


「それにしても、姫様は何を発表するのかしらね?

 もしかして次期国王の座を奪っちゃう気とか!?」


この人も駄目だ。

親衛騎士団の最年長コンビの片割れだというのに、

ましてや副団長でもあった人だというのに、この有様だ。



「そんでキリエちゃん、例の任務はどうだったのよ?」


「あ、はい

 概ね上手く行きましたよ

 完璧とは言えませんが……」


「ヒュー!

 やったじゃない! その調子よ!」


「え、なになに? なんの話?

 ボクにも聞かせてよ〜」


「いや、なんというか……ただの仕事の話だ

 今度、時間がある時に話すよ」


“任務”というのは、私に課せられた恋愛ミッションだ。

今回の任務は『彼と手を繋ぐ』という内容だった。

荷物を受け渡す時に軽く触れ合った程度だが、

これはもう成功と言っても差し支えないだろう。


ただ、その内容はともかく、親友を除け者にするのは辛い。


私は思う。

頼る相手を間違えたんじゃないかと。

なんだか操られている気がしてならない。


どうして私はいつもこうなのか。

自分から行動せず、言われたことを言われた通りにこなすだけ。

初恋という人生一度きりのイベントだとわかっていながら、

それでも他人に判断を委ね、盲目的に従っているのだ。


私はどうしたいのだろう。

考える時間が欲しい。




とうとう目的地へ到着してしまった。

が、団長の姿は見えない。

安心してしまう自分がなんだか恥ずかしく思える。


「カチュア、中入れてよ〜

 べつにいいじゃないのよ〜」


「ダメだダメだ! ここは通さんぞ!

 全員が揃ってからという決まりなんだ!

 それになんだ貴様! 呼び捨てにするな!

 我のことは副団長様と呼べ! 無礼であるぞ!」


元副団長と現副団長が不毛な言い争いをしている。

お下がりの役職で、どうして偉ぶれるのか理解できない。


まあ、それがカチュアという人だ。

私と同じく操りやすい性格をしている。

だからこそ王女の付き人に選ばれたのだろう。


「おい、これで全員だ

 もういいだろう、通せ」


遅れて到着した団長の姿に、全員が注目する。


私は一目で理解した。

彼女の機嫌はまだ直っていないのだと。

私とは目を合わせない。

ならば、私も目を合わせないまでだ。


「全員ではない!

 まだセシルが来ておらんではないか!」


その指摘には皆が呆れたことだろう。

セシルがここに来られるはずがないのだ。

彼女は今、険しい山岳地帯を歩かされている頃だ。

馬人族の私でも踏破が困難だった、あの足場を。




団長と副団長による不毛な押し問答の末、

ようやく事情を把握したカチュアが折れた。


「──皆さん、遅かったですね

 何かトラブルでもあったのですか?」


フレデリカ王女は苛立っているご様子だ。

原因はご自身の横にいるそいつだと言ってやりたいが、

この時の私は、もう本当にどうでもよかった。


なぜだか団長の隣に並ぶよう指示され、

それはもう、気まずいったらありゃしない。

おそらく団長も同じ気持ちだったのだろう。

私とは絶対に目を合わせないという強い意志を感じる。


なぜこんな仕打ちを受けなければならないのか、

私たちはすぐに思い知ることになる。



「本日、皆さんを集めたのは他でもありません

 このミルドール王国の行く末に関わる重大発表があるからです」


重大発表。

事前にそれがあるとは聞かされていたが、

その中身までは知らされていない。


王国の行く末に関わる事項……。

やはり、そういうことなのだろうか?



「……わたくしは、ミルドール王国発展のために、

 王座を引き継ごうと思っています!!!」



反射的にカチュアが立ち上がり、「うおおお」と叫ぶ。

遅れてミモザとタチアナが「おおお」と漏らし、

私と団長は勢いに流されず、冷静であった。


「……姫様、お忘れですか?

 王座に就くには絶対的な条件があるでしょう

 “健康状態に問題の無い配偶者”という条件が……!」


当然の指摘をしたのは団長だった。

今はギクシャクした関係にあるが、

やはりこういう面では頼りになる。



「パメラ、ご安心ください

 わたくしは既にその条件を乗り越えているのです」



……?


いや、そんなはずはない。

彼女にそのような相手はいなかったはずだ。


「入ってきなさい」


その命令で、1人の青年が姿を曝け出す。


彼はほぼ裸の状態で、下半身の腰蓑以外には何も纏っていなかった。

首、腕、脚にはそれぞれ枷が嵌められており、

その様相は、まるで奴隷であった。




私は、彼の変わり果てた姿を見て時が止まった。

おそらく団長も同じ反応をしたと思う。


その異常事態に、なんと声を発せばいいのかわからなかったのだ。



「わたくしは、このお方と夫婦の契りを交わすことを宣言いたします!」



「うおおおっ!!

 姫様!! おめでとうございます!!」


庭園には、ただカチュアの歓声だけが虚しく響き渡る。



フィン。

特別一般兵兼自由騎士の好青年。

団長との恋仲を噂されたが、特に進展しなかった男。


私の初恋の相手が今、奴隷のような格好で王女の隣にいる。

知る限り、2人が直接会話したことは無いはずだ。


わからない。考えても考えても、到底理解できない。



「さあ、フィン

 皆さんにご挨拶なさい」


それはまるで、飼い犬に命令するかのような物言いだった。

そして私たちが何か言う前に、彼は命令に従ったのだ。


「俺の名前はフィンです!

 フレデリカと結婚します!

 よろしくお願いします!」


これはもう、なんだ。

あれだ。操られているとしか思えない。

明らかに様子がおかしい。薬でも盛られたのだろうか。

そうとしか思えない。彼の瞳孔は開いたままだ。


今の彼は、昨日までの彼ではない。

知性を感じられない。別の生物にしか見えない。


唖然とする私たちの表情を一瞥した後、王女は次の行動に出る。


「ほら、ここにどうするの?」


そう言い、自身の唇に指を当てる。



まさか──



予感より早く、彼は彼女に口づけをし、2人は熱い抱擁を交わした。




この時、私はどんな顔をしていただろう。

きっと団長も同じ顔だったはずだ。


なんにせよ、私たちが隣同士に並ばされた理由はこれだ。



私たちは特等席に立たされたのだ。



フレデリカは、略奪者(オンナ)の顔をしていた。

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