略奪者4
目が覚めると、そこはベッドの上だった。
隣には一糸纏わぬ姿で横たわるネリの姿。
見れば自分もほぼ裸であり、ある想像をせざるを得ない。
パメラはこの不可解な状況に焦り、昨晩の出来事を思い出そうとするが、
だいぶ酔っ払っていたせいで何も思い出せない。
彼女の頭をよぎったのは『ここに居てはいけない』という危機感であり、
急いで目についた服を手に取り、雑に着替えたところで部屋を飛び出し、
何がなんだかわからないままに黒騎士団本部へと駆けていった。
走りながら必死に頭を整理しようとするパメラだが、
初めて経験するこの異常事態に混乱するしかなく、
この件は捨て置き、仕事に集中しようと誓うのだった。
その様子を窓から見下ろしていたネリは、艶やかに微笑んだ。
どう考えてもおかしい状況だというのに、
パメラの心はどこか晴れやかだった。
つい昨日まで暗く澱んだ気分だったのが、
今は不思議と軽快に感じるのだ。
それは足取りにも反映されているようだった。
身も心も軽い。
昨晩、何があったというのだ。
いや、考えてはいけない。
2つの思いの狭間で、彼女は揺れ動いた。
そもそもの原因はフィンにある。
出会った当初は頼りない兵士という印象だったのが、
石の迷宮での共闘により熱い心の持ち主だと判明した。
石化の呪いから解放された直後に周囲から祝福され、
その時はまだ恋愛対象として見ることはできずにいた。
だが、部外者たちから恋人扱いされるうちに
お互いに満更でもないと思うようになったのだ。
先に切り出したのはフィンだった。
本当の恋人になってしまえば、周りは黙るだろう。
そう補足され、パメラはなぜだか苛ついた。
彼女は交際の申し出を断ったのである。
以降、2人の間には見えない壁が出来上がり、
何も進展しないままに時間だけが過ぎた。
そこに入り込んできたのがキリエだ。
「フィンとは恋仲ではない」と言い続けてきたのだから、
彼が誰とつき合おうが関係無いはずだ。
だのに、自分以外の女と仲良くする姿には腹が立つ。
たとえそれが妹同然の存在だとしても。
いや、だからこそ余計に嫌なのかもしれない。
正直、キリエは何も悪くない。
これはただの嫉妬なのだ。
身勝手な嫉妬心と罪悪感に、パメラは押し潰されそうだった。
キリエと顔を合わせたら、何か取り返しのつかないことを
口走ったりしてしまわないか不安だった。
だが、今はもう平気だ。
彼女を許せる気がする。
明日、キリエに会おう。
──昨晩、テーブル席に移動した2人は改めて飲み直した。
さんざ子供のように泣き喚いたパメラに、強い酒はもう必要なかった。
安くて度数の少ない、飲み当たりの軽い果実酒。
店長の奢りだというそれを飲み交わし、彼女は心中を打ち明けた。
そんな彼女の鬱屈した不満を、ネリは適度に相槌を入れながら聞いた。
2人が店を出たのは深夜の真っ只中だった。
その時のパメラはベロンベロンに酔っ払っており、
自力で歩ける様子ではなかったので、ネリは肩を貸した。
ネリは、パメラをこんな状態にさせてしまったことに責任を感じ、
近くにある自宅まで彼女を連れていった。
出迎えてくれた両親と協力してパメラを2階に上げ、
ネリの自室に入る直前に、パメラが盛大に嘔吐した。
騒ぎを聞きつけた弟たちが目を覚まし、
廊下で見たものは全身ゲロまみれの姉の姿だった。
その光景に弟たちはたまらずもらいゲロしてしまい、
現場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
そんなこんなで体を洗ったり、床を掃除しているうちに夜が明け、
疲れ果てたネリは裸のままベッドに倒れ込んだのだ。
酷い目に遭ったが、パメラとはまたいつか飲み交わしたいと思うネリだった。
──キリエは気が重かった。
パメラから「個人的な話がある」と呼び出されたのだ。
何も悪いことはしていないはずだが、
彼女と顔を合わせるのはなんとなく気まずい。
気のせいかもしれないが、向こうもこちらを避けている気がする。
先日タチアナが話しかけた際の反応も変だった。
まあ、こちらも声をかけられなかったのだが。
そして何より気まずいのは、
呼び出した張本人がずっと黙っていることだ。
パメラは何度か話を切り出そうとするも、
その度に口籠もり、額に手を当てるのを繰り返すばかりだ。
あれは彼女が考え事をする時の癖だ。
きっと、話がまとまっていないのに先走って呼び出したのだろう。
「あの、団長
都合が悪いのであれば、出直しましょうか?」
パメラの煮え切らない態度に、
さすがのキリエも少し苛立っていた。
「いや、待て……」
また引き止められた。
なんなんだこれは?
新手の嫌がらせか?
こんなことをされる謂れは無い。
「キリエ」
「はい」
パメラはキリエの目を真っ直ぐ見つめ、両肩に手を置いた。
今度こそ用件を伝える気なのだろう。
ここまで待たせたのだ。よほど重要な話のはずだ。
キリエは気を引き締めた。
「フィンは諦めてくれ
やっぱり誰にも渡したくない」
「……は?」
キリエは耳を疑った。
渡したくない、とは何事か。
一体いつ、彼がパメラの物になったと言うのか。
交際の申し出を断っておいて、今更図々しい。
その失恋はフィンの中ではもう完全に吹っ切れており、
笑い話の一つとして語ってくれたのだ。
彼は、もう彼女を恋愛対象として見ていない。
それを踏まえると、真剣な表情で訴えかける団長の姿は滑稽に見え、
又、憐れな女という失礼な言葉が頭に浮かんでしまう。
「キリエ」
「はい」
まだ何か言う気だ。
「順番を守れ」
「憐れな……」
キリエは、つい口走ってしまった。