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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『姉妹戦争』編
108/150

略奪者3

翌晩、ネリは同じ席にいた。

高級ワインのお供に少量のナッツを摘み、

葉巻をふかす姿が普段とのギャップを禁じ得ない。


なんというか今の彼女は上品で、妖艶で、余裕がある。

王子を蹴り飛ばしている時の子供っぽさは感じられない。

果たしてどちらが本当の姿なのだろう。


まあいい、ここは居酒屋だ。

酒を飲みに来たのであって、彼女に用は無い。


「店長、キツいのをくれ」



(またか……勘弁してくれ)


店長は心の中で毒づくも、手際良くカクテルをかき混ぜる。

すると騎士団長殿は昨晩と同じように一口でグラスを空け、

やはり昨晩に何度も聞かされた台詞を言い放つのである。


「もう一杯だ」


きっと今夜も酔い潰れに来たのだろう。

そういうのは他の店でやってもらいたいものだが、

酒の看板を掲げて商売をしている以上は諦めるしかない。

彼にできることは、客の要望に応えることだけだ。


「私にも同じ物を頂けますか?」


何を思ったかテーブル席の優良客が立ち上がり、

カウンター席の困った客の隣に腰掛ける。

昨晩、相手にされなかったのを忘れたのだろうか。

トラブルの元になるような行動はやめてほしい。


「なんのつもりだ

 1人で飲みたいんだ、放っておいてくれ

 私の気は変わっていない お前に話すことは何も無い」


ほら。


「いえ、私の気が変わったのでお聞かせください

 パメラ様は一体、どんな悩みを抱えているんですか?

 仕事ですか? プライベートですか?

 ……あ、今ピクッとしましたね

 だとすると恋の悩みでしょうか?

 あ、これも当たりのようですね

 するとフィン様に関する悩みと見て間違いありませんか?」


グイグイと迫る優良客に、騎士団長殿はあからさまに迷惑そうな顔をする。


トラブルの元だ。

彼女はもう優良客ではない。

頼むからこれ以上、酔っ払いを刺激しないでくれ。


「パメラ様は、私が今この店にいることを知った上で

 わざわざこの場所、この時間帯を選んだのでしょう?

 本心では、誰かに悩みをぶち撒けたいと思っているのでしょう?

 それが特に親しい間柄ではない相手……それも、

 ある程度の社会的地位があって、秘密を守れる相手なら尚更です

 今のパメラ様にとって、私ほど都合の良い聞き手は他にいないでしょうね」




……なんなんだこの女は。


心の中を見透かしたような物言いが気に食わないし、

それが図星とくれば尚更だ。悔しいがその通りだ。

ああ、誰かに聞いてもらいたいさ。

だが、それを口にしたとしてどうなる。

過去は変わらないんだ。ただ惨めになるだけなら、私は沈黙を選ぶ。


「まだ打ち明ける気にはならないようですね

 ……いいでしょう、それでは私の愚痴を聞いてくださいますか?」


「断る」


「私は正直、恋愛に関する悩みなど馬鹿らしいと思っています

 誰が誰を好きだとか、本当に幼稚でくだらない……

 たかが男、たかが女の話題で盛り上がれる人たちが理解できません」


「もういい黙れ」


「王子の世話役として学園寮に住んでいた頃、

 幾つものカップルが永遠の愛を誓ってはすぐに破局し、

 また新しい相手を見つけては同じことを繰り返す……

 私はそういう光景を間近で見てきたわけです

 当事者たちにとっては人生を大きく左右する出来事だとしても、

 第三者である私からすれば目障りとしか思えませんでした」


「黙れと言ってるんだ」


「ある日、兎人族の男子生徒から告白されたことがあるんですが、

 その彼とはたまに廊下ですれ違う程度の関係で、

 それまで言葉を交わしたことはありませんでした

 私のどこに惹かれたのか尋ねたところ『全部』だそうで、

 生年月日から出身地、家族構成だけに留まらず、

 好きな食べ物や色、下着の柄なども徹底的に調べ上げられていて、

 あの時ほど本気で他人を気持ち悪いと思ったことはありません」


「お前いい加減にしろよ」


「まあ、それだけが原因とは言いませんが、

 あれ以来、男性を見る目に変化があったのは確かですね

 私の苦手意識を壊してくれるほどの素敵な男性が現れれば別ですが、

 自分から積極的にそういう相手を探そうとは思いませんね

 それで困ったことなんて一度もありません

 なので、たかが男1人のことでウダウダ悩むだなんて、

 時間の無駄だなぁ……というのが、私の愚痴です」




「──初恋だったんだッ!!!」




とうとう我慢できなくなったパメラは叫びながら立ち上がり、

その際についうっかりカクテルグラスを押し潰してしまった。

手の平には破片が突き刺さり、血の混じった酒が床へと滴る。


店長はすぐにでも迷惑な客たちを追い出そうとしたが、

立ったまま泣きじゃくるパメラの姿に思うところがあり、

カウンターの掃除よりもまずは救急箱の用意を優先した。

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